ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4947,閑話小題 ー中古車価格は、格付け項目のチェックで決められる
 ITバブルのように、強気市場の最も勢いのある段階に関わることが多く、割安株派は、
 経済が景気後退を抜け出すときに実力を発簿することが多い
▼ 40年先のバブルと景気循環のサイクルを論じること自体が、土台無理。20世紀前半の
 第一次大戦、世界恐慌、第二次大戦、の一連の変動期と、現在を重ね合わせると、1933年
辺りになる。とすると、第二次世界大戦が始まることになる。時代はバブルと崩壊、そして精算の
ための戦争が、大小生じて流れていく。20世紀前半は、欧米の中で、欧州から米国への
エネルギーの移動であったが、今度は、アメリカから中国、インドなどアジアへの移動になる。
・・・・・・
2012年09月30日(日)
4205, 異郷日記 ー日本人の人生は、ツアーに似ている
   * 日本人の人生は、ツアーに似ている         「異郷日記」西江雅之著
 数年前に、この人の書いた旅行記を何冊か読んだことがあった。
早大の教授で、世界の言語の研究のため、アフリカなど世界の僻地で直接、原住民と触れ合う
機会が多く、その体験談は非常に奥行が深い。 この本は4年前に出版されたものだが、既に
早大を退職し、気ままに国内外を講演などでまわっているという。その著者の体験談の
一言一言はツアーでしか、秘境に行く機会のない者にとって、参考になることばかり。 
まず、「観光、旅、旅行、ツアー」の言葉の定義から・・
≪"観光" "旅" "旅行""ツアー"などの類の語には、幾つかの側面で"異郷〃との
重なり合いが見出される。目的地の異文化度が高ければ、当然、その重なり合いは大きくなる。
◎‘観光’とは、現代の用法では、「わずかばかりの異郷感を、一時的に味わうために
 金を支払う行為」と言えそうだ。一般的には、その行為は多かれ少なかれ、地理上の身体
移動が伴う。観光は、貨幣経済の中に身を置き、余暇という時間を持つ社会に属す人々にのみ
許された行為である。目的地で一時的な異郷感を味わわせてくれる事物は、土地の人々から
見て、必ずしも本物である必要はない。それどころか、もし訪問地で見るものが全くの本物で
あったならば、訪れる人々にとっては受け入れ難い事物の方が多くなり、観光は成り立たなく
なるだろう。それは、観光地で売られている土産品や観光ショーを思い浮かべれば明らかだ。 
観光には"……らしさ"が重要なのである。観光に参加する側と、それを主催する側とを含めた、
全体としての観光というものを話題の対象とすれば、そこには、企画、経営などという側面が
大きな役割を果たすことは言うまでもない。しかし、その場合でも
‘・・・らしさ’は見過ごせない要素となる。
◎‘旅’は何よりも「道中」が主役である。古典文学を見ても、旅の話を支えているのは、
目的地に至るまでの道中で出くわすことになる数々の予期せぬ出来事だ。道中で何が
起こるか分からない。それを乗り越えて到着した目的地で、一段落となる。道中にいる間、
旅人は異郷の人である。人生は常に旅路にあると自覚する者は、本物の異郷の人である。
◎‘旅行’の場合は目的地までの行程は保証されている。旅行者は目的地までは交通手段を
利用して安全に運ばれる。目的地に到着してから、旅行者は思い思いの活動を各自の興味に
応じて開始する。結果として手に入れたいと望むのは、個人的な楽しみであり、良き思い出である。
◎‘ツアー’では、出発点と目的地との往復が予め保証されている。それのみか、道中、
宿泊地、目的地での行動内容の一つひとつが、あらかじめ他人によって計画に組み込まれて、
それなりの効果を狙った演出も準備されている。参加客は、それらの催し物を個々にこなして
ゆくことで移動を終える。多くの場合、自分の気に入った場所でも時間的な制約を受ける。
物足りなさも残される。しかし、全行程が保証されていて、何を見て、何をすべきかを考えなくても
安心できるという利点もある。 昔、「人生は旅である」と言った。しかし、現代の日本人の
人生は、ツアーに似ているとも思えてくる。≫
▼ あと三回で世界旅行(主にツアー)50回に達成する。一応、来年中と考えていたが、

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09月30日(火)
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