ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4938,閑話小題 ー節目年齢の呼称と、厄年
 ところで火事といえば長岡駅前の商家に住んでいた頃に、4軒ほど先の「監物ビル」の大火災が
あった。近所の二人の少年の火遊びが原因だったが、自宅のある店のビルが、その熱で熱くなった
ことと、近くで遊んでいたため、警察に呼ばれ事情聴取をされたことも記憶に残っている。
更に斜め前の丸大という衣料品店が全焼したのも見ている。
   * 来春、購入予定の自転車を前倒しで発注
 来春の三月に購入予定をしていた電動アシスト自転車を、前倒しで注文をした。
現在の電動アシストのマウンテンバイクのブレーキが前後の車輪とも不調で、やむなく注文。
ブレーキの不調を運転で逆に楽しんでいる自分が怖くなったため。我ながら変な性格である。
今度のものはパナソニックの電動アシストで、タイプはクロスバイク。来週早そうの入荷予定。
・・・・・・
4196, 呪いの時代 ー13
2012年09月21日(金)                                
    * 原発供養           「呪いの時代」内田樹著    
 この東北大震災に際し皇室一族が最大限のお見舞いをしていた。国家の元首として、
歴史的大惨事に現地に真っ先に行かれ、見舞うことが役割として最優先されることだが、
その行為に呪鎮の意味が入っているとみることができる。 ー以下も納得できるがー
≪ 一神教文化圏の人々は荒ぶる神を巨大な神殿に祀り、それを畏れ、隔離することで
 いっときの安心を買い、日本人は荒ぶる神を金儲けの道具にまで堕落させ、その在所を
ずっぽりとベニヤの書き割りで囲って、「あんなもん、怖くも何ともないよ」と言い募ることで
いっときの安心を買った。 どちらの安心が長持ちするものだったかは今回の事故があらわにした。
 福島原発のふざけた書き割りを見たヨーロッパやアメリカの原発関係者はかなり衝撃を
受けたのではないかと思う。その施設の老朽ぶりや、コストの安さや、安全設備の手抜きに
心底驚愕したのではないかと思う。どうして原子力のような危険なものを、こんなふうに「雑に」
扱ったのだろう… と海外の原子力研究者は頭を抱えたはず。そこまでして「コストカット」
したかったのか? 日本人は命より金が大事なのか? もちろんそうではない。
話は逆なのだ。 あまりに怖かったので、「原子力は所詮金儲けの道具にすぎないという嘘」
を採用した。原発の設備をあれほど粗雑に作ったのは、原子力に対する恐怖心をそうやって
ごまかそうとしたからなのである。「こんなものいくら粗雑に扱っても抵抗しやしねんだよ」
と蹴ったり、唾を吐きかけたりして、「強がって」みた、 (・・・中略)
・・原子力についても、そもそもその設営のときに、伝来の古法に則って、呪鎮の儀を執り
行うべきだったと思う。盛り土をして、原子炉を土中に置くのである。塚に草が茂り、桜が咲き、
鳥がさえずるような広々とした場の下に原発を安置する。そこに神社仏閣を勧請する。
「原発神社」。荒ぶる神がとりあえずは「よきこと」だけをなし、恐るべき力の暴発を抑制して
くれていることを感謝するのである。 そして、桜が咲く頃には地域の人を集めて、「原発祭り」
を挙行する。荒ぶる神がとりあえずは「よきこと」だけをなし、恐るべき力の暴発を抑制してくれて
いることを感謝するのである。(・・・中略)
 ・・・ 福島原発の設概工事のときにも、間違いなく地鎮祭は行われたはずである(地鎮祭を
執行しなければ、建築現場には誰も入らない)。なぜ地鎮祭の執行を禁止しなかったのか。
地鎮祭をしないと、日本人の作業員が現場に入ってくれないのなら、中国からでもフィリピン
からでも建築労働者を連れてきて断行すればよいではないか。
なぜ地鎮祭を行うのか。それは平屋の家を建てる工事においてでさえ、行われる。
「恐るべきもの」の不意の現場での警戒を怠れば、思いがけない事故が起こることを現場の
働く人は経験知として知っているからである。地鎮祭は地祇を鎮めるためのではなく、
人間の緊張を亢進させるための心的装置なのである。・・・≫

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09月21日(日)
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