ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[392240hit]

■4935,コトの本質 ー5
このマンガが私の人生の原点。幸せな人生とは、あくまでも本人が決めることであり、
まわりがとやかく言うべきものではない。もとより、記憶のさまざまな性質や、
その生かしかたを知ったからといって、幸せになれるわけではない。
ただ、何も知らないよりは、知っておいたほうが、みすみす損をしないだろうと思われるだけだ。
この本に書かれている「ヒント」をもとに、どのような人生を生きるかは、最終的には、
みなさんが決めることである。》
 ▼ 以前に取り上げた「幸福の4階建」に、当てはめると分かりやすい。
  4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
  3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する中に幸福感が生まれる。
そこに自己実現の要素が入っている。
  2階:獲得した「快」を永続させる。 そこに時間的要素を入れ、
いかに長続きさせる中に幸せがある。
  1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
 苦労に苦労を重ねて得た幸せこそ、その最たるものだが、得てしまった幸せより、
不幸に見えた苦労の中にこそ、真の幸福の含量が多くある。 
私のケースは、『サザエさん』の作者の物語とは真逆である。 思いもしない3つの
大津波に飲み込まれて、この結果に終わった。しかし、これこそベストでは?の、
 心の奥からの声に我ながら驚いた。この「幸福の4階建」の意味が、いやでも実感を
 せざるを得ない。現在の私は、この建物の3階辺りで、日々を過ごしているが、
 いつ何どき、4階に駆け上がり、幸福感を味わうのだろう。 その屋上のテラスからの
 景色は、どんなものか? それもこれも、生きているうち!今日一日を楽しむしかないか。
・・・・・・
4193, 呪いの時代 ー10
2012年09月18日(火)                                 
* ペルソナ(仮面)の品不足     「呪いの時代」内田樹著
 結局、人は、それぞれの場面に色いろな仮面を被ることで生きている。
ところが一つの理想的な仮面に限定すると、それに対して真逆なペルソナが現れ出る。
「弱くかわいい僕」以外のペルソナの品ぞろいがないと、危機的状況になった時に、
思いもよらない凶暴なエゴの男が顔を出してくる。人間は面白く、哀しく、弱いもの。
我が内なる他者とは、よくいったもの。秋葉原の無差別殺戮などは、その典型である。
仮面の品不足だったのである。   ーその辺の記述からー
≪ 人間の攻撃性のコントロールは容易ではありません。完全抑圧してしまうと、かえって
 思いが違ったかたちで暴発する。ひとりの人間が抱え込んでいる攻撃性の絶対量は、
変わらないあるところで抑え込めば、違うところからかたちを変えて噴き出してくる。だから、
攻撃性はいろいろなかたちで管理して、「小出し」にするしかない。小出しにしておけば
破局的事態は避けることができます。だだし、そのためには、「攻撃的なペルソナ」にしても
「防衛的なペルソナ」にしても何種類か品ぞろえしておく必要があります。そして、状況に応じて、
その場にもっともふさわしい仮面をかぶる。・・
 ・・・ 草食系男子が採用している「弱くてかわいい」ペルソナというのはたしかに多くの場合に
有効だと思います。とりわけ、今の日本のように「弱者であることの利益」がつよく意識されている
社会では。でも、当たり前ながら「弱くてかわいい」だけで対応できる状況は限られています。
対応できないとき、彼らは一気にしばしばまったく似ても似つかない別のペルソナ
(凶暴で攻撃的)に切り替わってしまう。この二極のペルソナがあまりに隔絶しているので、
人格が統合できないまま、まるで別人のようになる。卑屈なほど恋人に尽くしてきた男が、
結婚と同時にいきなり荒れ狂うDV男に変わってしまったという事例は実際に僕も知っています
けれど、このような人格解離現象はペルソナの「数不足」で起きてしまうのではないか。・・・
 ・・・「他者との共生能力の劣化」ということを問題にしたが、他者との共生の基礎となるのは、

[5]続きを読む

09月18日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る