ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4920,閑話小題 ー女社会のカースト制度
テストで百点をとってみな! そうすると、他も自然に良くなるから!」 その時、「これだ!」と思い、
実践したのが勉強の目覚めの第一歩。他に店から自宅と生活環境が変わったことが成績に大きく
左右をした。 また中学二年時に兄と同室だが、勉強部屋と机を与えられたこともある。
勉強の出来不出来は勉強空間の親の配慮が大きく影響するもの。
当時は隣家に遊び好きな一歳年上の子と遊びまくっていた。その上、居間にTVが入って
夢中になっていた中ニの後半に、それをみた同じ姉に、「慶応高校に挑戦してみな!」と言われた。
そこでガムシャラな勉強を始めた。 一年の即席では無理だったが、その挑戦がなかったら
地元の受験校さえ入れたかどうか? そのことから具体的に目標を定め無我夢中になる
重要性を学んだ。大した玉でないことは確か。だから水面下の独学は必要だった。
話は逸れたが、写真を通し当時にタイムスリップすると、同級生と自分がディズニーのキャラの
ように見える。頭でっかちで、親が、そのまま縮小したような姿で、未来の人生に向かって精一杯
生きていた。 この切り口は、人生の全ての場面に当てはめることが可能。自分とは過去の
積み重ねから成り立っている。記憶を失うとは、自分を失うことになる。この文章を書いていて
気づいたことだが、80歳まで、あと12年の現在、生から生前(無)に逆照射すれば、同年代になる。
その意味で、団塊の世代にとって、昭和三十年前半は意味がある。
里帰りということか。 やはり「人生は生きているうち」。
・・・・・・・
4178, 事実と真実と真理について
2012年09月03日(月)
* 「真実」と「事実」の違い
事実の中にある真実とは、そもそも何かという素朴な問いかけがある。
以前、自宅に電話の苦情があった。「さっき、お宅の犬に突然に飛びかかられた。
子供のヒモが外れたのは分かるが、危険過ぎないか。腹の虫が収まらないので、電話をした」
と御立腹の様子。ところが家には子供も犬もいないので、「何かの間違いではないですか?」
というと、「御宅の前のアパートに住人で、駐車場から突然、飛びつかれた」という。
そこで「電話番号を間違えたのでは?」というと「間違いない」と、押し問答。
後で分かったことだが、自宅奧の貸家の住人が、何時の間に犬を飼っていたのである。
それなら、勘違いをするのは分かる。アパートの住人は裏に、もう一軒、家が存在しているなど
知るよしがない。事実は、我家の駐車場から飛び出してきた犬が突然、飛びかかったのである。
その現象の事実は、そうだが、真実はこうである。今回の倒産劇で、B層、C層レベルの創作話が
多く流れたようだが、誰も好意的解釈などするはずがない。
ー 以下は、、ネットで、「事実と真実」を検索してみた内容である ー
≪●「実際に起こった事象『事実』に対して、それを個人、または集団の心理、または理解を通して
視られるものが『真実』である」
● 事実と真実の違いは、5Wのうち「いつ、どこで、だれが、何を」について言うのが事実です。
表面には現れない「なぜ?」を見つけるのが真実を見つけるということ。
真実を追求するというのは、 事件や問題の背後にある何故そうなのか、を見つけること。
● 真実・・・嘘のないこと、本当のこと
事実・・・現実に起きたこと 本来なら「真実」=「事実」にならなければならないが、
うはならないことが多く「多くの人間は見たい現実しか見ない」。 真実とは「見た人が見たい
現実をみているもの」、 事実は一つだが真実は人の数ほどある。 真実はそれを口にする人の
価値観と切っても切り離せない。 「事実」は人間の外部にあるものだが、「真実」は人間の内部に
あるもの。「客観的事実」という言葉はあっても「客観的真実」という言葉を聞かない。
問題は、人の認識がそういうものである以上、はたして、「事実」を「事実」として認識できるのか?
という問題が生じる。そうなると、「真実」というのは本当にあるのか?という疑問も生じる。≫
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09月03日(水)
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