ID:47635
On the Production
by 井口健二
[471005hit]
■ジョン・レノンNY、天国からのエール、トランスフォーマーズ/DSM、こち亀、ピラニア、一命、この愛のために撃て+Akira/Godzilla
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。 ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ジョン・レノン、ニューヨーク』“LennonNYC”
ビートルズを解散したレノンが、1971年9月から1980年12月
までの間をオノ・ヨーコと共にニューヨークで暮らした日々
を綴ったドキュメンタリー。
同時期のレノンを描いたドキュメンタリーでは、2007年10月
に『PEACE BED』“The U.S. vs. John Lennon”を紹介して
いるが、政治的に尖った感じの先の作品に比べると、本作の
レノンはもっと柔らかく繊細で、人間ジョン・レノンが描か
れている感じだ。なおどちらの作品も、オノ・ヨーコの全面
協力によって制作されている。
それはレノンがニューヨークに移り住むに至った理由から、
先の作品にも描かれたニクソン政権との対立、さらに「ロス
ト・ウィークエンド」と呼ばれるヨーコとの別居生活の様子
や音楽活動への復帰など、様々な要素が描かれている。
そしてそこには、スタジオでの収録の合間に記録されたout
takeとされる音声で、いろいろなレノンの生の発言が重ねら
れ、正にレノンの真の姿が描き出されている。因に巻頭の音
声は、日本の観客向けのサーヴィスかとも思ってしまうよう
なものだ。
1980年12月の出来事は僕の世代の人間には真に衝撃的なもの
だった。しかし僕自身にとってのレノンは、ビートルズ解散
以後は正直には過去の人の感じだった。そのレノンがその時
代に如何に苦しみ、そして復活のツアーが如何に期待されて
いたか、そんなレノンの想いがひしひしと伝わってくる。そ
れが僕には衝撃でもあった。
アーカイブのレノン以外の出演者は、オノ・ヨーコ、エルト
ン・ジョン、他にスタジオ・エンジニアのロイ・シカラ、写
真家のボブ・グルーエン、映像作家のジョナス・メカス、詩
人のジョン・シンクレアらが登場する。その顔ぶれが前作と
微妙に異なるのも面白いところだ。
またグルーエンの写真の中には、リンゴ・スターやポール・
マッカートニーがビートルズの解散後もレノンの許を訪ねて
親交している様子も写され、それは嬉しいものだった。
製作、脚本、監督は、1996年に“The Battle Over Citizen
Kane”という作品でアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門
にノミネートされたドキュメンタリストのマイクル・エプス
タインが手掛けている。
『天国からのエール』
沖縄県本部町に私費で音楽スタジオを建設、2001年コザ音楽
祭で市長賞受賞の「あじさい」から2008年メジャーデビュー
の「ステレオポニー」まで数々のバンドを輩出して、2009年
11月に42歳で他界した仲宗根陽氏の半生を描いたドラマ。
高校を中退後、東京に出て始めた仕事は成功させたものの、
家族の都合で故郷の本部町に戻ってきた仲宗根氏(映画では
大城陽)は本部高校の裏門の近くで弁当屋を開き、そこには
高校の生徒たちも昼食の購入に訪れていた。
そんな生徒たちの中で「バンドの練習をしたいが防音された
場所がない」という声を耳にした大城は、突然裏庭の草を刈
り始め、借金もしながら手作りのスタジオを建ててしまう。
それにはミュージシャンを目指し夭折した親友への想いも込
められていた。
そして無料で開放されたスタジオには若者たちが集まり、バ
ンドの練習が始まる。そんな若者たちを大城は、挨拶の仕方
から熱血指導し、さらに彼らの音楽を放送局にも売り込んで
行く。しかしその陰で病魔は彼の身体を蝕んでいた。
実際のお話では、スタジオの開設から最初のグループがデビ
ューするまで3年ほどあるようだが、映画ではその辺を集約
して一気呵成の物語に仕上げている。それはまあちょっと駆
け足な感じはするが、実際3年で実績を挙げたのだから、こ
れもよしと言う範囲かな。
[5]続きを読む
07月17日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る