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On the Production
by 井口健二
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■ワンダーラスト、アイズ、天使のいた屋上、猫ラーメン大将、未来を写した子どもたち、ワールド・オブ・ライズ、ホルテン、チェチェンへ

『チェチェンへ/アレクサンドラの旅』“Alexandra”
1999年の第2次紛争勃発から9年、1994年の第1次紛争から
はすでに15年が経過しようとしているロシア−チェチェン戦
争の最前線で撮影されたアレクサンドル・ソクーロフ監督の
最新作。
1人の老女が、最前線のロシア軍基地に将校として赴任して
いる孫を訪ねるという設定の物語。彼女が最前線に向かう輸
送列車に乗り込むところから始まり、基地やその周辺の市場
などでの兵士や民間人の様子が描かれる。
その基地は土埃にまみれ、物資も不足して食事もろくなもの
ではない。そして、駐屯する若い兵士たちは訪れた老女に自
らの祖母のように思慕の情を示す。一方、周辺の市場には物
資が揃っているが、その価格は兵士と将校で異なると言う。
そんな基地内と市場を老女が彷徨い歩く。もちろん基地の出
入りには許可証がいるが、老女はそんなことお構いなしだ。
そして兵士たちもその行為を黙認している。基地の中も外も
暮らしは最低限だが、そこでも人々は頑張っている。
撮影されたのはロシア軍の最前線の基地とのことで、当然、
戦場の中ということになるが、この映画の中に戦闘は描かれ
ない。もちろん離着陸するヘリコプターや兵士が武器を取り
扱う姿などは描写されるが、銃撃のシーンはない。
監督は、「戦争に美学などない」という信条で、あえて戦闘
シーンのない戦争映画を撮ったのだそうだ。しかもそれを如
実に知るには、一度戦場に身を置くだけでいいという考えか
ら、この作品をその戦場で撮影することにしたようだ。
撮影の方法論はともかく、反戦を描く映画に戦闘シーンは不
要という考えには賛同する。従ってこの作品は、反戦思想に
基づいて描かれているものだが、それでも登場する兵士が国
への奉公を口にするあたりは、戦争当事国であるロシアの苦
しみでもありそうだ。
因に、今年5月に退任した前ロシア連邦大統領プーチンは、
監督の以前の作品『エルミタージュの幻想』には最大の賛辞
を述べたものだが、本作には嫌悪感を露にしたとも伝えられ
ている。
そして主演のガリーナ・ヴィシネフスカヤは、1926年生れ、
以前は夫ともにアメリカに亡命していたこともあるロシアオ
ペラ界きってのソプラノ歌手とのこと。彼女は、「この役は
断れない」として出演に応じたそうだ。
ロシア−チェチェン戦争の現実を知る上でも貴重な作品と言
える。

10月12日(日)
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