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On the Production
by 井口健二
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■釣りバカ日誌19、ザ・フー:アメイジング・ジャーニー、中華学校の子どもたち、秋深き、DISCO、懺悔、パリ
『懺悔』“მონანიება”
1987年のカンヌ映画祭に出品され、審査員特別賞を受賞した
グルジア(ソ連)映画。ソ連崩壊の直前にその歴史の暗部を
描き出したとして、当時の絶賛を浴びた作品。物語は1937年
のスターリンの粛清に準えているもので、そのスターリンは
グルジア出身者なのだそうだ。
映画は、とある町の市長が亡くなったところから始まる。そ
して軍服姿の参列者や中央からの弔問者などに囲まれて盛大
な葬儀が行われるが、埋葬も終った日の深夜、市長の息子は
父親の遺体が庭に立っているのを発見する。
その遺体は何度埋葬しても庭に戻され、ついには警察の警備
のもと犯人が捕えられるが…その裁判の席で、犯人は亡くな
った市長に対する告発を始める。それは人々に理不尽な仕打
ちをした市長に対する復讐だった。そしてその恐怖の実態が
描かれる。
映画にはかなり戯画化された部分とシリアスな部分とが綯い
交ぜになっているが、この作品が製作から数年後とはいえ国
内で公開できたことがソ連終焉の象徴ともなったし、その歴
史的な価値は疑いのないものだ。
しかしそれを20年も経って観せられると、何か違和感を感じ
てしまう。確かに20年前にはソ連の終焉がこの作品によって
象徴されたが、この作品が観られたことで人々が感じたであ
ろう希望の未来が、果たして実現したものか否か。
それを含めて、何をいまさらと言う感じもしてくるものだ。
実際この作品がなぜ20年間も我々の目に届かなかったのかと
言うことにも疑問を感じるし、それがなぜ今年公開されるの
かと言う点にも何かの意図を感じさせる。
特に、ロシア軍のグルジア侵攻が報道された今の時期の公開
には、皮肉という以上のものを感じさせる。なお20年前に日
本公開できなかったのは、アメリカの配給会社が全世界の権
利を独占したためとされているが、それが20年間も失効しな
かったのだろうか。
因に映画は、アメリカンヴィスタでもない純粋3:4のスタ
ンダードで撮影されている。実はIMaxもこの比率だが、テレ
ビも9:16になっている時代に普通のスクリーンで観ると妙
に縦長に感じるものだ。映画ファンにはそんな歴史的価値も
感じられた。

『パリ』“Paris”
『スパニッシュ・アパートメント』『ロシアン・ドールズ』
などのセドリック・クラピッシュ監督が、故郷のパリに戻っ
て撮影した作品。監督は本作の中で、登場人物の1人に「誰
もが不満だらけの街」と言わせているが、そんなパリを愛情
を込めて描いた作品だ。
主人公のピエールは、ムーラン・ルージュのダンサーだった
が、心臓病で余命わずかと診断される。そんな彼が、心臓移
植のドナーを待つ間の楽しみは自宅のベランダからパリの街
を眺めること。そこにはいろいろな人生が行き交っている。
そんなピエールの生活を案じて、3人の子持ちでシングルマ
ザーの姉のエリーズが、一家を連れて彼と同居を始めること
にする。そして、近くの市場(マルシェ)に買い物に行った
エリーズは、そこに店を構えるジャンに心を引かれる。
そのジャンは、別れた元妻のカロリーヌに未練があったが、
カロリーヌは同じマルシェに店を構えるジャンの同僚と良い
仲になっている。
一方、ソルボンヌの歴史学の教授ロランは、テレビでパリの
歴史シリーズを持つほどの人気者だったが、ある日、教室で
彼の授業を受ける女子学生レティシアに恋心を抱く。そして
年甲斐もなく彼女の携帯にメールを打ってしまった彼は…
そのレティシアは、ピエールのベランダから見えるアパルト
マンに住んでいたが…
その他、カメルーンにバカンスに来たマルジョレーヌと、そ
のカメルーンからパリに住む兄を頼ってフランスへの危険な
密入国を試みる少年ブノアなど、一見接点のなさそうな人々
の人生が巧みに交錯して物語が綴られて行く。
監督の作品は、かなり以前の『猫が行方不明』と『ロシアン
・ドールズ』しか観ていないが、いずれも現代の若者の姿を

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09月07日(日)
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