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On the Production
by 井口健二
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■スウィーニー・トッド、俺たちの明日、うた魂♪、魔法にかけられて、奈緒子、胡同の理髪師、L、マイ・ブルーベリー・ナイツ
たのは、その辺りにも原因がありそうだ。
とは言え、主演の上野樹里と三浦春馬が揃っていれば、そん
なことは別段問題にもされないのだろう。この他にも、ライ
ヴァル校を含む駅伝のメムバーとして、今が旬と言えそうな
若手俳優が大挙出演している。
最近のこの種の作品にはお決まりのようなオカマキャラも出
てこないし、あまりオチャラケることもなくスポ根物が描か
れているということでは、今の時期に作られるのも良いとい
う感じの作品と言えそうだ。
『胡同の理髪師』“剃頭匠”
北京の紫禁城も望める胡同(フートンと読み、路地の意味だ
そうだ)の古い住宅に1人で暮らす93歳の老人。毎朝6時に
起床し、1日に5分遅れる時計の針を合わせてネジを巻く。
そして仕事は、80年以上のキャリアを持つ現役の理髪師。
この老人の日常を、実際に92歳の現役理髪師の人を主演にし
てドキュメンタリーのように描いた作品。しかもそこには、
独居老人の問題や北京オリンピックを控えた街区の再開発の
問題なども描かれる。
フィクションで描かれた作品なので物語は判りやすく、また
ドラマティックにいろいろな問題が浮き彫りにされる。それ
は決して中国だけの問題ではないし、特に日本ではほとんど
共通の話題として語られそうな物語だ。
でも、映画はそんなことは別として、この老人がいろいろ機
智に富んだ語録を発したり、また古き良きものと殺伐とした
現代のものとが対比されたり、老人を軸としていろいろな出
来事が描かれている。
中には、正装の人民服を新調しようとする老人に対して、そ
のようなものはもう作る人もいないという、日本人には関係
ないけれどちょっと意外なエピソードもあったりで、いろい
ろ面白く観ることができた。
舞台の胡同は、そこに溢れる人情も描かれ、これこそ古き良
き時代というものだ。でも、それを形成する建物群には取り
壊しの表示が書かれていて、オリンピックイヤーを迎えて、
今はもう無いのかも知れない。そんな時代に対する思いを込
めた作品にも見えた。
なお、監督のハスチョローはモンゴル族の出身者だそうで、
従って北京のこの風景が原風景ではない訳だが、美しく描か
れた胡同やその周辺の映像は素晴らしかった。
一方、老人を演じたチン・クイ理髪師は、昔の京劇のスター
や日本軍の占領中には官僚の理髪も手掛けたとのことだが、
93歳の今もその技術は衰えていないようだ。その髭剃りのシ
ーンなどは見事だった。
『L』
2006年に公開された『デス・ノート』からスピンオフされた
作品。オリジナルで「死神のノート」を操る殺人鬼キラと対
決した天才プロファイラーLのその後の行動が描かれる。
物語の発端はタイ。その山間の村に致死性のウィルスが撒か
れ、住民が全滅する。しかしそこから罹病せずに脱出した少
年がいた。
一方、日本の細菌研究所では究極の致死性ウィルスの研究が
進められていた。それは人類の将来的な存在を懸念し、逆に
人類を絶滅させることで地球を救済しようとする過激組織の
目的に沿うものだった。そして、そのキーが1人の少女に託
された。
この2つの出来事がLの許で交錯し、人類が生み出した新た
な「死神」と、Lとの最後の闘いが描かれる。
オリジナルでLを演じた松山ケンイチが再びLに扮する。実
はオリジナルを観ていたときには、Lの存在を余りに戯画化
した演出が気に入らなかった。それが、キラの存在を際立た
せるための方策であったことは明らかだが、それにしても…
という感じを持ったものだ。
そして本作でも、Lの戯画的な演出は踏襲されてはいるのだ
が、今回の全体的なLの存在はバランスが良く感じられた。
それはキラの存在がないせいもあるのかも知れないが、今回
はLの存在が戯画化された中にもいきいきとした存在感を見
せていた。
もちろんこの描き方が原作の読者にどう受け取られるかは、
原作を知らない僕には未知数だが、この作品1本を取り上げ
るなら、このLのキャラクターは理解できる。
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01月06日(日)
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