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On the Production
by 井口健二
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■HACHI、美代子阿佐ヶ谷気分、佐賀のがばいばあちゃん、蟹工船、湖のほとりで+製作ニュース
しかし観終えた感想は単純に面白かった。
物語は、北洋で蟹を漁獲しながらその船内で蟹缶に加工する
工場も内設する蟹工船を舞台に、高価な蟹缶を製造しながら
も不当に安い賃金と過酷な労働環境で作業をしていた労働者
たちが、自らの立場に目覚め団結し、資本家と対立して行く
姿が描かれる。
そこにはロシア(ソ連)との関係や帝国海軍の介入など、現
代社会とは異なる背景もありはするが、全体的な労働者と資
本家などの図式は現代にも共通するし、特に前半の労働者の
自覚の無さには、現代の若年労働者の姿がオーヴァラップし
てくるものだ。
そんな原作からの脚色も手掛けたSABU監督は、現代的な
要素も融合させた見事な脚本を作り出している。そこには、
原作に込められたメッセージを明瞭に残したまま、さらにド
ラマティックに物語が展開されている。
また、絵コンテも描くというSABU監督はセットや衣装、
CGIなどにも見事な雰囲気を作り出した。それは特にセッ
トでは、蟹缶工場という特殊な空間を、匂いまで漂ってくる
ようなリアルさで描き出しているものだ。
そしてそれはレトロでありながらポップ(上映後の記者会見
では監督はこの言葉を嫌っていたようだが…)であり、現代
の若者にもアピールする感覚で描かれている。特にSF映画
ファンには『メトロポリス』を思い出させる魅力が感じられ
た。
出演は、労働者役に松田龍平、高良健吾、柄本時生、新井浩
文、お笑いコンビTKOの木本武宏と木下隆行。そして監督
官役に西島秀俊。原作は特定の主人公のいない作品だが、映
画では彼らが演じる登場人物が見事なキャラクターでアンサ
ンブル劇を展開している。
物語は間違いなく現代に通用するものだし、そのメッセージ
も力強く訴えてくるものだ。この作品を現代の労働者の全て
の人々に観てもらいたい思いがした。
それから試写会場では、来場者にお土産としてカニカマの缶
詰が配られた。その時は本物じゃないんだと笑っていたが、
後で説明を聞くと映画の撮影でも小道具として使われたもの
とのこと、見た目もそっくりだし味も良いものだった。

『湖のほとりで』“La ragazza del lago”
2007年ヴェネチア国際映画祭で映画記者賞を受賞。2008年の
イタリア・アカデミー賞では史上最多の10部門受賞を達成し
たという作品。
湖のほとりの村で幼女が行方不明になり、その捜索のために
村に越してきたばかりの刑事が駆り出される。しかしそれは
思いも拠らない事件へと彼を誘うことになる。1人の女性を
巡って、村人たちの生活に隠されたいろいろな事情が明らか
にされて行く。
イタリアでは、1988年の『ニュー・シネマ・パラダイス』、
1997年『ライフ・イズ・ビューティフル』に続く10年に1度
の名作と呼ばれているようだ。確かに、1つの事件を巡って
人々の葛藤や、いろいろな思いが綴られたこの物語は深い作
品と言えるものだ。
しかし、もっと単純に人の喜びや哀しみを描いた上記の2作
品に比べると、本作の物語は相当に入り組んだものであり、
そこに描かれる人々の心の動きも単純明快なものではない。
その複雑さ故に、僕は本作を上記の作品と同列には評価でき
ないように思えた。
因に本作は、ノルウェーを舞台に2002年発表されたミステリ
ーの原作を、北部イタリアを舞台に描き直したものとのこと
だが、描かれている内容は単純な犯罪の謎解きだけではない
ミステリーの枠を超えるものだ。
その原作も、文学賞を受賞するなど評価の高いもののようだ
が、その複雑な人間模様を丁寧に解きほぐして描き直した脚
本も見事なものと言える。その脚本は2005年6月に紹介した
『輝ける青春』などのサンドロ・ペトラーリアが担当してい
る。
監督は、イタリアの人気監督ナンニ・モレティの下で助監督
を務め2001年12月に紹介した同監督の『息子の部屋』にも参
加しているアンドレア・モライヨーリ。本作は長編監督デビ
ュー作となるもので、上記の受賞10部門の中では監督賞と新
人監督賞も同時に獲得した。

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04月12日(日)
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