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On the Production
by 井口健二
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■ワン・ラブ、レイヤー・ケーキ、カポーティ、サムサッカー、ジダン、ファントマ
手に付けたものだと言われているようだが、立派な略称を持
つこの病気もそんなものの一つなのかもしれない。しかもそ
れに、抗鬱剤、といってもスピードと分子構造が3カ所違う
だけという薬が処方され、それを学校の保健室で投与すると
いうのだから恐ろしい話だ。
それで効き目が抜群と言うのは、薬の内容から考えれば当然
といえば当然な訳で、これが根本的な治療にならないことも
明らかだ。だから主人公は途中で服用を止めてしまうし、そ
れでも問題がないというのが、この物語の言いたかったこと
であるかも知れない。
結局、自分の将来なんて親を含む他人、ましてや薬に頼って
決められるものではないし、いくら不安があっても、それを
抱えながら生きて行くのが人生ということだ。そのメッセー
ジは、映画のエンディングに明確に示されていた。
僕はミルズという人物をよく判っていないが、アメリカン・
カルチャーを支えてきたと言うことでは、若者の良き理解者
なのだろう。その意味では、この原作の映画化には最適の人
物であったと言えそうだ。
主演は、この作品でベルリンとサンダンスの両映画祭で主演
賞を受賞したルー・プッチ。共演は、ヴィンス・ヴォーン、
ヴィンセント・ドノフリオ、ティルダ・ウィントン(「ナル
ニア国」の白い魔女)、キアヌ・リーヴス。それにベンジャ
ミン・ブラットが笑える役で登場している。

『ジダン−神が愛した男』
         “Zidane un Portrait du 21e siècle”
2006年5月7日にワールドカップ後の引退を表明したサッカ
ーのフランス代表選手ジネディーヌ・ジダンの姿を、2005年
4月23日、彼が所属するレアル・マドリード対ビジャレアル
戦の90分間に亙って追った映像作品。
「これはサッカー映画ではない」という宣伝コピーがつけら
れているが、映像は本当にジダンだけを追い続け、ボールの
行方や得点経過もほとんど判らない。さすがにジダンが絡ん
だ得点シーンはテレビ中継の映像が挿入されたりもするが、
それもほんの一瞬だ。
確かに、この作品はサッカーの試合を写してはいない。しか
し、年間20試合以上スタジアムで観戦している者の目からす
ると、ジダンの一挙手一投足が試合展開を見事に現している
し、その各局面は明確に理解できるように作られている。
しかもその理解が、全てジダンの動きから見て取れる訳で、
そうしてジダンの姿を見ているうちに、感情移入と言うので
はないが、何となく自分がジダンと同化している感じがして
きたものだ。つまりこの作品は、ジダンを体感できると言う
か、自分がジダンになっちゃえる作品なのだ。
そしてその側には、ベッカムや、ラウルや、ロベルト・カル
ロスらのレアルの銀河軍団が一緒に戦っている。といっても
彼らの姿はほとんど出てこないのだが、ちらちら見え隠れす
る辺りがまた、実際の試合を擬似体験している感じにもなっ
てくるものだ。
撮影には17台の高解像度カメラや300倍のズームレンズが使
用され、中で本人は、「試合をリアルタイムで覚えているこ
とはない」と語っていたが、作品では見事にほぼ実時間で描
かれている。
従って、1人の選手がボールに触っている時間は、試合時間
の何10分の1と言われるサッカーでは、ジダンがボールを持
っている時間もそれほど長くはないのだが、それでも何度か
登場する華麗なドリブルシーンなどは、これぞジダンという
感じがするものだ。
監督は、ダグラス・ゴードンとフィリップ・バレーノ。2人
は、所謂アーチストと呼ばれる人たちの作品で、映像的にも
優れたものになっている作品だが、僕は1サッカーファンの
目で見て、本当にジダンに同化して素晴らしい体験をさせて
くれる作品と感じた。
先に公開された『ゴール』も面白かったが、それよりもっと
サッカーの本質を体感させてくれる作品だ。また、中でジダ
ン自身が引退後のことに言及している貴重な作品でもある。
なお、本作は今年のカンヌ映画祭で特別招待作品としてワー

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06月30日(金)
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