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On the Production
by 井口健二
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■ザ・フラッシュ(追記有り)、ほつれる、草原に抱かれて
と言って寝室にこもってしまう。そして翌日、彼氏の事故死
の報が届く。
そんな状況から始まって紆余曲折が描かれて行くが、夫には
前の妻との関係が断ち切れていない疑いが生じ、死んだ彼氏
も本妻との関係は必ずしも主人公の考えているような状況で
はなかったようだ。
そして物語は、特に修羅場が描かれるものでもなく、静かに
進められてゆく。
共演は、監督の舞台作品にも出演し2022年4月紹介『マイス
モールランド』に出ていたという田村健太郎、2019年3月紹
介『パラレルワールド・ラブストーリー』などの染谷将太、
そして2023年3月紹介『ヴィレッジ』などの黒木華。
他に古館寛治、安藤聖、佐藤ケイ、秋元龍太朗、金子岳憲、
安川まりらが脇を固めている。因に田村、黒木を始め多くの
出演者は加藤監督の舞台にも出演の顔ぶれのようだ。
自分が70歳を超えた身からすると、今さらこのような状況に
なるとは思わないが、そんな眼からすると男の身勝手さが気
になるかな。そこで逆に女性の主人公が気になる訳で、それ
は感情移入ではないが共感するところはあった。
そんなかなり複雑な気分にさせてくれる作品だ。まあ女性が
見たらどういう感想になるのかは判らないが、僕自身は彼女
の決断を支持するし、彼女の先の人生はきっと開けて行くと
思えたものだ。
映画のプロローグで互いの右手に嵌めた指輪をスマホで撮影
しようとする下りには笑ったが、それが最後まで続くドラマ
の始まりとは気が付かなかった。その辺の作劇も巧みな作品
だ。まあスマホのシャッターは音声でも切れるけどね。
公開は9月8日より、東京地区は新宿ピカデリー他にて全国
ロードショウとなる。

『草原に抱かれて』“脐带”
中国・内モンゴル自治区ダグール族出身の女性監督チャオ・
スーシュエによる長編デビュー作。
主人公は音楽の素養に恵まれ、電子楽器や伝統的な馬頭琴な
ども操る新進のミュージシャン。そんな彼のスマホにライヴ
中に届いたのは母親からの着信だった。そしてライヴ後に折
り返した主人公は、受け答えする母親の異変に気付く。そこ
で故郷の街に帰ってくるが…。
母親は兄夫婦の暮らすアパートで鉄格子の嵌った部屋に閉じ
込められ、兄は徘徊で目が離せないと言い放つ。そんな母親
を主人公は草原に建つ廃屋と化した実家へと連れ戻し、近隣
の住人の助けも借りて暮らし始める。それは母親が自分を取
り戻すような日々だった。
もちろんそこでの暮らしは文明から切り離された過酷なもの
でもあったが、周囲の協力で何とか危機は脱して行く。そん
な中で母親は、生前の両親の共に撮られた写真に写る風景を
もう一度見たいと言い出す。
出演は、内モンゴル出身で北京の音楽院を卒業し電子楽器や
馬頭琴も演奏するシンガーソングライターのイデル。本作の
脚本は当て書きで書かれたものだそうだ。そして1991年度の
ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞の『ウルガ』にも主演
のバドマ。歌手でもあるベテラン女優が作品を支えている。
故郷に向かう高速道路の反対車線に馬が走っていたり、何と
なく牧歌的な雰囲気も物語に彩りを添える。そして物語は痴
呆が始った母親と忘れかけられている息子、それに母親の父
(主人公の祖父)への想いという、正に究極の展開になる。
この物語自体には先例はありそうだが、そこに馬頭琴をはじ
めとする民族音楽や伝承(?)の舞踏などが絡められて、正に
映画という感じの作品になっている。それらを主演の2人が
自ら演じて見せているのも見事な作品だ。
ただ結末に関しては、かなりファンタスティックな映像での
締め括りとなっているのだが、それ自体は理解はできるもの
の、やはりここはもっと明確な開示が欲しかったかな。曖昧
にしたかった気持ちは理解するが、そうでなくても充分に感
動的な物語が、却ってはぐらかされた感じもした。
ここはファンタスティックな映像の後に、現実的な締めの映
像が欲しかったものだ。まあ、そんなことは言わなくても素
敵な作品ではあるが。

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06月18日(日)
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