ID:47635
On the Production
by 井口健二
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■Nセキュリティ、マイ・ビッグファット、めぐりあう時間たち、D.I.、メラニーは行く、ヤァヤァ・シスターズ、母と娘、TaxiB
愛を育むのだが、父親は当然のように反対。しかしその苦難
にめげず、ついに結婚式に漕ぎ着けるまでの物語だ。   
描かれているのは、ギリシャ人と、ミラーという苗字が何系
かは知らないが、非ギリシャ系男性が繰り広げるカルチャー
ギャップの面白さみたいなもので、この手の可笑しさは、別
段それぞれのカルチャーを知らなくても充分に伝わるところ
だ。                         
というより、あまり深くないところでその可笑しさを描いた
ところに、アメリカでの大ヒットの要因があるような気がす
る。つまりその可笑しさは、日本人にも充分に伝わるはずの
ものということだ。                  
ニア本人が主演して、巻頭、ぶすの典型のような容姿で現れ
る主人公が、徐々にギリシャ彫刻のような美人に変身して行
く辺りも、映画の構成として見事に決まっている。    
                           
『めぐりあう時間たち』“The Hours”          
1923年、『ダロウェイ夫人』を執筆中のヴァージニア・ウル
フ。1949年、その『ダロウェイ夫人』を読みながら夫の誕生
パーティの準備をするローラ・ブラウン。そして2001年、文
学賞に選ばれたもののエイズが発病して死を間近にした詩人
のためにパーティを準備するクラリッサ・ヴォーン。この3
つの時代、3人の女性を巡る物語。           
少し前の『抱擁』でも、2つの時代を行き来する構成が使わ
れたが、この映画では3つの時代が交錯する。しかもこの作
品では、それぞれ時代に、ニコール・キッドマン、ジュリア
ン・ムーア、メリル・ストリープを配することで、本当に途
切れなく自在に時代を切り替えて行く。その手法は、小気味
よいほどに見事に映画的に決まっている。        
ヴァージニア・ウルフで象徴されるように女性のための作品
で、男の僕は蚊帳の外のようにも思えるが、それぞれの時代
に生きた女性達の思いは、それぞれ強く生きようとした姿で
あるだけに、男の僕にも理解できる感じがした。     
キッドマンが主演女優、ムーアが助演女優、それに詩人を演
じたエド・ハリスが助演男優にノミネート。特に、キッドマ
ン、ムーアの変貌ぶりは見事だ。            
他に、ストリープとローラの夫を演じたジョン・C・ライリ
ーは、それぞれ別の作品で助演賞の候補になっている。また
ムーアは別の作品で主演賞の候補にもなっており、とにかく
演技賞候補だらけの作品と言えそうだ。         
                           
『D.I.』“Yadon Ilaheyya”             
昨年のカンヌ映画祭にパレスチナ映画として初めて公式にエ
ントリーされた作品。映画祭では、国際批評家連盟賞及び審
査員賞をW受賞している。               
ナザレ、東エルサレム、ラマラとエルサレム間の検問所の3
地点を主な舞台に、いくつものコントを積み重ねて作られた
コメディ作品なのだが…。               
正直に言って僕は全く笑えなかった。というか、多分笑える
ところはあったのだけれど、その描き方が、妙に現実味があ
って、笑っていいのかどうか迷ってしまったのだ。    
例えばテロリストに火炎瓶を投げつけられても1本の消火器
で平然と消してしまう家がある。すると次にテロリストは、
その家に機関銃を乱射する、といった繰り返しギャグが登場
するのだが、これを見て笑うことが僕にはできなかった。 
だから、最後に突然展開される大アクションシーンは、それ
自体は笑っていいものだと思うのだが、それまでの経過を見
ていると笑いを躊躇してしまう感じなのだ。試写会場の全体
の雰囲気もそんな感じだった。             
当事者が作った映画なのだから、当然笑っていいはずだし、
カンヌで2冠というのは、それが評価されたのであろう。ヨ

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03月16日(日)
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