ID:47402
ATFの戦争映画観戦記
by ATF
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■【File115】外伝・・・おたくたちの大和〜大和ロケセット野戦OFF従軍記・・・巻一
【画像6】
[画像左上]西瀬戸道を降り尾道と向島とを繋ぐ尾道大橋を目指す・・・
[画像右上]尾道大橋通過!・・・
[画像左下]対岸には目指す向島の街並みが・・・
[画像右下]尾道大橋を渡り終え、向島市街へ・・・ところが急に道路が込み出した・・・再び悪い予感が脳裏を過る・・・
【大和ロケセット野戦OFF・・・大いなる不安[現地到着編]】
300kmを超える長距離走破を終え、後輩伍長殿と私ATFは大和ロケセットのある尾道向島に無事到着した!当初の予測通り走行時間は四時間に達していた。既に太陽は空高く昇り、車内は熱い程の温かさである。途中の小谷SAでの案内件数のトップ項目が大和ロケセットであった事から、既に悪い予感はしていたのだが、向島市街に到着した途端に道路が混み出し、我々の悪い予感は一層大きなものとなっていた・・・しかし兎も角現地へ到着しなければ・・・向島市街の地理に不案内ながらも我々を未知なる道を進んで行った・・・
【画像7】
[画像左上・右上・左下・右下]なんと向島市街のあちらこちらには無数の誘導標識やのぼりが設置されていた・・・お陰で我々は不案内な道ながら安心して進撃する事が出来た!
【画像8】
[画像左上・右上・左下・右下]現地に近づく程に至れり尽せりな誘導標識が続く・・・尾道市も結構なお金をかけてるなぁ・・・
【画像9】
[画像左上]一○三四時、遂に現地(日立造船向島工場・造船所跡地)に到着する・・・画像左手側には尾道市街からの渡船乗場があり、多くの観光客が続々と下船していた・・・
[画像右上]日立造船向島(西)工場は、戦時中旧日本海軍の輸送艦等を建造していた。また一時連合軍捕虜収容所が併設され、捕虜が使役に従事させられていた。戦後は日本の海運事業復興に貢献し捕鯨船・タンカー・旧ソ連向マグロ漁船など最大3万トン級の船舶や小型船舶を造っていたが、2002年に日立造船の子会社再編に伴い工場は閉鎖された・・・古びた工場内の案内看板が歴史を感じさせる・・・
[画像左下]工場内の仮設駐車場へ向う車列・・・既にお気づきかも知れないが、我々の直前の黒いツーリングワゴン車は、画像6の右下画像及び画像8に写っている車両と同一車両で、なんと和歌山ナンバーであった!・・・
[画像右下]工場内仮設駐車場・・・既に多くの自家用車が駐車していた・・・我々も係員に誘導されるまま駐車した・・・さぁいよいよ大和と対面だ・・・
【画像10】
[画像左上]降車した我々は、係員に誘導されるままシャトルバスを待つ行列の後ろに並ばされた・・・工場跡地は広く、海に面したドック跡に作られた大和ロケセットまでは結構な距離がある為、シャトルバス・・・と言っても普段は尾道市内を循環している様な、ちょっと使い古された中型定期ワンマンバスを転用したもの・・・が往復している。春休み中な為か観光客(見学者)には子供も多く見られた・・・
[画像右上]我々が並んだ時は、結構な人数の行列が出来ており、こりゃ随分待たされるのでは・・・なんて不安な気持ちにさせられたのだが、そんな不安に反して、シャトルバスは次々に規則的に運行され、それほども待たずに乗車する事が出来た・・・
[画像左下]料金はどこで払うのだろう・・・という疑問の答えも出せないままシャトルバスに押し込まれて行く・・・個人も団体も区別無く・・・
[画像右下]シャトルバスの車内は寿司詰め状態・・・我々は運良く座席に座る事が出来たが・・・まぁ座席の狭い事と言ったら・・・
【画像11】
[画像左上]詰めるだけ詰め込んで、やっとの事でシャトルバスが発車・・・しかし未だシャトルバス乗り場には長蛇の列が・・・
[画像右上]閉鎖された工場内の建造物の横を進むシャトルバス・・・
[画像左下]閉鎖された工場内の建造物・・・ちょっと噂に聞いた話では、この向島工場でもアスベスト被害が出ているとか・・・桑原桑原・・・
[画像右下]日立造船向島工場内の巨大クレーン六基の中の一基。実はこれら高さ92m〜37mの巨大クレーン六基は、夜間それぞれ白、緑、青、赤、黄、紫のカラーでライトアップされ、尾道水道の水面に美しい光を煌めかせ港町を幻想的な雰囲気に包み込む演出によって2004年度環境デザイン部門グッドデザイン賞を受賞しているのだそうだ・・・
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04月07日(金)
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