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ATFの戦争映画観戦記
by ATF
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■【File114】西部戦線異常≠ネ話・・・【コレが本編かよッ!(さまぁ〜ず風)編】
さてレマルクが著した映画の原作小説は、1929年1月31日に日本国内で出版されました。その時、訳者である秦豊吉氏が邦訳した書名が『西部戦線異状なし』であります。秦豊吉氏は、東京帝国大学の独文学科に学び、同期生には文豪芥川龍之介がいました。卒業後は三菱商事に入社しましたが『西部戦線異状なし』の翻訳本が国内でベストセラーになり、一躍有名人になった事が負担になって三菱商事を退社します。その後、阪急グループの創業者小林一三の知遇を得て東京宝塚劇場の演劇プロデューサーとなります。戦前、宝塚ベルリン公演時にはゲッペルス独宣伝大臣と交渉してニュース映画を宣伝に活用、更に5000名収容可能な劇場を借りて成功を納めています。戦後は帝国劇場の社長に就任し、日劇ダンシングチームを創設し数々の帝劇ミュージカルをプロデュースしています。また『西部戦線異状なし』の翻訳のみならず『若きヱルテルの悲み』を始めとする文豪ゲーテの諸作品を翻訳出版するなど著名な独文学者でしたが、反面丸木砂土(マルキサド)≠フペンネームで好色文学の執筆やストリップの演出なども行なった、将にマルチ≠ネ才能の持ち主でした。レマルクが自らの体験を基にした著作の独語原題『IM WESTEN NICHTS NEUES』を直訳すると『西に新しいことはない』となります・・・私ATFは大学での第二外国語は仏語だったので、この独語訳には自信がありません。かと言って仏語の訳に自信があると言う訳では全くありませんので悪しからず(オイオイ)・・・『西に新しいことはない』・・・これを『西部戦線では全く変った事がなかった』と言う意味として、訳者である秦豊吉氏が、小説のラスト部分の主人公ポールの戦死した日の描写をその日は全戦線にわたって、きわめて穏やかで静かで、司令部報告は「西部戦線異状なし、報告すべき件なし」という文句に尽きているくらいであった≠ニ訳した文中から、そのまま邦題に引用したセンスは、将に素晴らしいの一言に尽きます。主人公の戦死した日は、全く平常な一日・・・異状のない一日だったのです!仮に違う邦題を考えてみましょう・・・『あゝ西部戦線』『地獄の西部戦線』『今日もわれ西部戦線にあり』『西部戦線は燃えているか/燃える西部戦線』『西部戦線よさらば/さらば西部戦線』『大いなる西部戦線』『西部戦線いまだ停戦せず』『西部戦線に死す時』『西部戦線よ永遠に』『勝利なき西部戦線』そして『西部戦線静かなり』・・・やっぱ、どれもしっくり来ませんねぇ!やはり『西部戦線異状なし』がベストな邦題と言えます。それではハリウッド版映画のタイトルである『ALL QUIET ON THE WESTERN FRONT』はと言うと『西部戦線は全て静かである』・・・『西に新しいことはない』を英訳したユニバーサル社の担当者のセンスも中々のものじゃん・・・なんて思っていた私ATFなのでした・・・が、実はコレ、全くのオリジナルではなかったのです。異状≠ニ異常≠フ違いを探していて、トンデモないものを見つけてしまった・・・どぉ〜しよぉ〜(銭形風・・・by「ルパン三世 カリオストロの城」)
【ポトマック川戦線異状なし】
さて異状≠ニ異常≠フ違いを探していて、見つけてしまったものとは・・・それは以下のサイトに記載された記事でした!
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03月31日(金)
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