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あんた何様?日記
by 名塚元哉
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■優しさの定義
提出してアプローチしてみたのですが、
残念ながら企画は採用されず流れてしまいました・・・。
ボランティアなのでもちろんノーギャラ経費もゼロなので、
病院のクリスマスのイベントとしては、かなりオトクな企画だと思ったのですが・・・。
・・・どうでもいい話を書いてしまいましたね。
>でも、通り一遍の同情心では、
>歌を聴いてくださる方々の気持ちは癒やせはしません。
>私もそれなりの心の準備が必要ですから、
>いちばん正直な自分で彼女たちと向き合いました
この話を聞いて、失礼ながら名前を忘れてしまいましたが、
ある難民救済活動をしている女性が言っていた言葉を思い出しました。
同情の気持ちを大きくしたまま、助けなければならない人に接してしまうと、
同情する側と同情される側の中にすでに上下関係が発生しており、
自然と見えない壁が出来てしまい、ぎこちない関係となってしまうそうです。
ですから、ボランティアで、そういった立場の人と接する際には、
正直でオープンな気持ちを持って接することが一番大事だと言っておられました。
ほかに、草柳大蔵さん著作の本の一説を思い出しました。
『花のある人 花になる人―ゆっくり輝くための100話 』(グラフ社 )
「第42話 優しさの定義」のページには、
箴言の大家、ラ・ロシュフコーの言葉
「本当の優しさを持つことのできる人は、しっかりした心構えのある人だ。
優しそうに見える人は、通常、弱さだけしか持っていない人。
そしてその弱さは、わけなく気むずかしさに変わる」
を引用し、優しさとは何かと説いています。
ラ・ロシュフコーの説く「優しさ」については、
そのものズバリ本質を見抜いていると思います。
草柳氏によると、しっかりした心構えのある人とは、
「自立的で他人に依りかからない人」として、
本当の優しさを持つことのできる人とは、
他人の人生や生活に理解がゆき届くほど人間の心情をよく理解しており、
「愛」がけっして楽しいだけのものでなく、
悲しさを伴っていることさえ知っている。
だから「優しい人」は、相手を思いやることができて、
どのような心情かを「察する」ことができる真の意味での
“大人”であると説いています。
鈴木重子さんは、どのような心情かを「察する」ことができるほど、
相手を思いやることができる優しさを持っているので、
ラ・ロシュフコー氏の定義する「本当の優しいさをもっている人」に、
当てはまっていると言えるのではないでしょうか。
きっと、心の中に「優しさライセンス」のゴールド免許を持っていることでしょう。
逆に「優しそうに見える人」とは、
やさしさをオブラートにして自分が傷つきたくない人としています。
優しくすることによって、今度は優しくしてもらおうと見返りを求めたり、
なんらかの評価をしてほしい人と私は思っています。
こういう人は、だいたい口が上手いのですが、
言葉や仕草に心がこもっていないので、私の場合はすぐに分かります。
また、このような人は、
自分の思い通りにならないと、態度が急変して本性を表します。
これは、他の時事系ブログを読んでいるとよく目にします。
日頃は優しそうな文章を書いたりしているのですが、
例えば選挙結果などで、自分の思い通りの結果にならないと
感情をコントロールできず、罵倒しだす人なんかそうです。
左派系の思想の人にその傾向が強いと常々そう感じます。
保守系も酷くなってきていますが、自分も気をつけなければ。
関連リンク:
国際交流基金JFCSのWEBマガジン Vol.56
「鈴木重子さんの国際交流」
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01月10日(水)
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