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by kai
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■『ハルビン』
『ハルビン』@新宿ピカデリー シアター9
原作では安重根が洗礼を受けていたことや、彼を見守る神父たちの存在が描かれていた。映画にはそれが出てこないかわり、安重根に信仰が根付いていることがその言動から判るようになっている。最後の最後、核心に迫る台詞。信じることと赦すことは受難でもある 『ハルビン』
[image or embed]— kai (@flower-lens.bsky.social) Jul 14, 2025 at 23:47
文字数の都合上「安重根」とツイートには書いたけど、今作の広告や記事の殆どが「アン・ジュングン」表記なのですよね。時代の流れともいえるけど、原作には「重根」という漢字表記の由来が書かれている。いつかどこかへふわりと飛んでいってしまいそうな彼に与えられた新しい名前。しかし改名にも関わらず、彼は祖国を旅立ってしまった。祖国のために。
原題『하얼빈(ハルビン)』、英題『HARBIN』。2024年、ウ・ミンホ監督作品。日韓併合前年の1909年、独立運動家アン・ジュングンが、満州のハルビン駅で伊藤博文初代韓国統監を射殺する。アン・ジュングンと、彼と共にいた「歴史に名前が残ら(なかったかもしれな)い」同志たちの道程を描く。
原作を先に読んでいたのがある種の助けにもなった。アン・ジュングンがどういった経緯でロシア領に渡り、銃と資金を調達しハルビン駅へと辿り着いたのかが頭に入っていた。映画は、淡々とその道のりを追った原作に宗教画のような陰影をつけ、登場人物の心の揺れを浮かび上がらせた。アン・ジュングンが凍りついた豆満江上をひとり歩き、立ち尽くし、やがて横たわる荘厳な風景。チェ・ジェヒョンが落としたひと粒の涙を捉えた窓からの逆光。屋外と屋内、どちらにも密やかに差す僅かな、しかし強い光。
クローズアップが少なく、陰影の強い映像(撮影:ホン・ギョンピョ)。鳥瞰のショットが多いのは神の視点かと思っていたが、監督のインタヴュー(後述)によると「祖国独立のために亡くなった人たち」の視点というイメージだったそうだ。成程、鳥の目は「いつもただ見ているだけの神」ではなく、同志を見守る死者たちのものだったのか。表立ってアン・ジュングンがクリスチャンであったことは語られずとも、その宗教観は映像に強く反映されていた。氷上でアン・ジュングンは回想する。自分の信念により多くの仲間を失ったことを。その信念は、のちに『東洋平和論』に記される理想に基づいたものだということを。それでも彼は傷つき苦悩する。敵も裏切り者も信じ続け、赦し続ける。
予習の弊害は少しあった。予想外に多いアクションシーンと、裏切り者は誰だ的なサスペンス要素があることに戸惑った。ウ・ドクスンの動向を知っていたので、誰が密偵かはもう一択じゃないか(…)。密偵の彼、『沈黙』のキチジローを思い出してしまった。「歴史に名前が残ら(なかったかもしれな)い」人物。だからあのラストシーンには胸を衝かれた。去っていく彼らを背後から見送るショットは、アン・ジュングンたちの視点なのだ。
アン・ジュングンを演じたのはヒョンビン。情熱と静謐、慟哭と囁き。達観した人物ではない、彼は常に迷える仔羊だった。素晴らしい演技。ヒョンビン以外の配役は敢えて知らずに観たのだが、パク・ジョンミンは予想通りウ・ドクスン役だった。読んだレヴューに「何しろ『密輸 1970』で裏切り者を演じた曲者なので(疑ってしまう)」みたいに書かれててなんともはや(笑)。とはいうものの、ウ・ドクスンはアン・ジュングンと共に「歴史に名前が残り」、よく知られている人物なのではないだろうか。疑いで目で見てしまうのは本国以外の観客なのでは? と思いつつ、パク・ジョンミンのあの胡散臭さがなんともいい味で、「いやひょっとしたら…フィクション要素もあるし……」なんて一瞬疑ってしまったよ。いい役者さんだなあ。
チェ・ジェヒョンを演じたユ・ジェミョン、温厚な佇まいのなかに深い悲しみが感じられて印象的だった。あのパタリと落ちる涙。観たばかりの『消防士』でも死者を見送り未来へと希望を繋ぐ役回りだったなあ、と尚更沁みた。キム・サンヒョン役のチョ・ウジンもよかったなあ…あれ、なあ……。
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07月14日(月)
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