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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『ライカムで待っとく』
『ライカムで待っとく』@KAAT 神奈川芸術劇場 中スタジオ

寄り添いますだとか連帯しますとかいう言葉が当事者にとっていかに薄っぺらいものかを突きつけた上で、考え続けてほしいと「日本のバックヤード」である沖縄から送られてくる山積みの問題。時間、空間を自在に行き来し両者を融解させる劇作と演出、役者たちに唸る。『ライカムで待っとく』 pic.twitter.com/hoUjb3XjJa— kai ☁️ (@flower_lens) June 1, 2024
キャッシュ、データ、まぶやーの話に絶望と希望が詰まっていた。とても幼く、思いを言語化出来ない(から口寄せ出来ないと解釈した)まま死んでいったちいさなこどもたちの魂は、今もそこらへんを自由に飛びまわっている。だから戦没者として“名前”が刻まれ残されていることは重要だ。(戦没者墓苑がある)糸満に行く、とはそういうことだと解釈した。それでもなお、“名前”がつけられる前に死んでしまった者もいる。そして“名前”が残されていない者は、今も沖縄にいる。死んでいる者も、生きている者も。身体を殺された者、心を殺された者。

沖縄の海はいつも美しい。しかしかつては血と肉片と泥に濁った時代がある。今は埋め立ての泥に濁りつつある。それすら海は呑み込んでしまう。そうなると記憶がだいじになってくる。忘れることなく、考え続けること。

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沖縄本土復帰50年の2022年に初演。評判は瞬く間に伝わってきたが、日程を確保出来ず逃してしまった。KAATプロデュースとはいえ東京公演はないだろうかなどと呑気に思っていたのだが、今回観てわかった。これは神奈川の話でもあるのだ。KAATの芸術監督である長塚圭史が、1964年の沖縄で起こった米兵殺傷事件を扱ったノンフィクション『逆転 アメリカ支配下・沖縄の陪審裁判』を読み、兼島拓也に劇作を依頼したことでこの作品は生まれた。横須賀や厚木など神奈川の基地と、沖縄の基地はどう違うのか。

たまたま沖縄出身の女性と結婚した雑誌記者が、事件のことを調べ始める。葬儀のためたまたま沖縄へ向かい、たまたま乗ったタクシーで、沖縄の現実を知らされる。記者は日本返還前の沖縄、沖縄になる前の琉球王国へと導かれていく。コラージュのように、時間と空間は行き来する。物語はいつの間にか、観ているこちらにも降りかかってくる。実際の裁判記録から起こされたであろう台詞は、アメリカの法による裁判の理不尽さを示す。検察による質問は、沖縄の言葉は日本語ではないと証人たちを追い詰める。しかしその言葉は、沖縄の方言を全ては聴き取れず戸惑う観客にも視線を送ってくるのだ。

たまたまそこにいたから、たまたま帰りが遅くなったから、たまたま不満がつもっていたから。繰り返される「たまたま」は、沖縄そのものでもある。たまたま沖縄が日本の最西端にあって、米軍に上陸されたから。遡れば、たまたま琉球がそこにあって、日本の領土になり沖縄県になったから。観る側もそうだ。たまたま沖縄以外に生まれたから、沖縄を「日本のバックヤード」にしている。そのことを軽やかに示される。観客は責められている訳でない。しかし、自虐とも露悪とも諦観ともつかないその明るさを前にして、返す言葉を持てずにいる。

瞠目したのは、その時間と空間の行き来を、演者の肉体で見せたシーン。ケンカの振る舞いが空手の型となり、カチャーシーへと移行していく。歴史と地理がその一瞬で結びつく。呑み屋でカラリと鳴らされる三線、酔って踊る男たち。笑いと叫びが入り混じった、乾いた音。田中麻衣子の演出が光る。ビニールカーテンで「境界」と「水平線」を舞台に出現させた原田愛の美術、齋藤茂男の照明も印象深い。

初演は亀田佳明だった(観たかった……)記者役は中山祐一朗。言葉を扱う職業の彼が、「寄り添う」という言葉の限界を見せつけられる。沖縄在住者ではない日本の一市民の無自覚性、戸惑いを見せて好感。沖縄パートの演者はほぼ沖縄出身者で、日常会話としての方言を聴かせる。今迄意識したことがなかったが、あめくみちこが沖縄出身者だと知る。死者と話せる(ユタではない)女性を達観として見せる。佐久本宝は初めて知った役者。三線に歌、あらゆる仕草。素晴らしかった。沖縄で生きる女性と、神奈川で生きる女性両方を演じた蔵下穂波も忘れがたい。

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06月01日(土)
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