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I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『う蝕』
『う蝕』@シアタートラム

自然災害や人災という理不尽な出来事に巻き込まれたとき、ひとはなにものも憎まずいられるか、或いは運命とは。従来いわれる“不条理劇”とは違う不条理に直面した人物たちを、役者6人が切実に誠実に演じる台詞劇。シアタートラム『う蝕』 pic.twitter.com/fsdjV5Jifi— kai ☁️ (@flower_lens) February 24, 2024
「能登半島地震を受け、台本に大きく手を入れ」たとのこと(『開幕コメント』参照)。登場人物たちの対話の端々に、劇作家の“いっておきたいこと”が滲み出る。過疎地のリゾート開発にまつわる問題。行政の問題や、補助金の使い道についての皮肉。必要としているひとたちに支援が届かないことへの苛立ち。自然災害が日常になりつつある世界で生きることは不条理そのもの。人災に遭うのも理不尽そのもの。それでも、自分が出来ることを粛々と、誠実に続けるひとがいるということ。

「コノ島」「アノ島」のアクセントで違和感を持たせ、ミステリーのフレイバーを効かせる。いつの間にか「コノ」場所で起こる事象と、「アノ」場所にいる人物を探す旅に観客も引き込まれていく。一見対話に見える台詞のやりとりに、果たして実体が伴っているか。あちこちに散らばっていた違和感が終盤一気に集約され、「そうだったのか」と驚き、同時に納得もする。“それ”を知って観るのと知らずに観るのとでは受ける印象が大きく変わり、リピートしたくなる内容でもある。

iakuの横山拓也はずっと気になりつつ作品を観る機会を逃し続けていた作家。演出の瀬戸山美咲はさいたまネクスト・シアターとのコラボレーションが印象に残っていた。信用が持てる出演者も揃っていた。ただ、若手のふたりが未知数だった。坂東龍汰は『きのう何食べた?』の「タブチくん」のイメージしかなく、綱啓永は失礼乍ら名前の読み方もわからなかった。しかしこのふたりが、ベテランともいえる他の出演者の胸を借り、芝居のなかで大きな役割を果たす。まっすぐな思いと、悔いる思い。まだまだ未来がある若者が、これから歩く道と、歩けなかった道。

ワークショップを通じ“当て書き”されたらしい各々の役柄から、逆に改めて演者のキャラクターを知る思いでもあった。坂東さんの明るさ、綱さんの情熱。これが新たな第一印象になった。新納慎也や近藤公園の昏さと静かな気迫、正名僕蔵の明晰な語り口、相島一之のバイタリティ。これらの魅力を堪能することが出来たのは、少人数・小劇場でのカンパニーならでは。

遺体の身元を歯科治療の履歴から特定する──もともとは法医学に興味があったので、この作品のチケットをとったのだった。西丸與一の『法医学教室』シリーズや上野正彦の『死体は語る』シリーズ、飯塚訓の『墜落遺体』などなど。これ迄読んできた関連書には、遺体の「見つけてほしい」「どんな最期だったかを知ってほしい」という声を聴くため、ひたすら任務を果たすひとたちが登場する。自身の心も傷つきすり減っていくなか、それでも働くのは何故か。その答えもこの作品にはあったように思う。魂が抜けてしまった遺体はただの肉塊かもしれない。それでも、その肉体には何かが宿っている。それを探し出し、解き放つ役目を負うひとが必要とされている。

堀尾幸男の美術が素晴らしい。開演前、ぼんやり見ていた舞台上の風景が、災害そのもののような大音響(音響:井上正弘)とともに暗転する。再び照明が灯ると、舞台がこちらに前進してくるかのようにじわじわと客席に迫ってくる。最初は仕組みがわからず狼狽えたが、やがてそれが、折り紙のように畳まれていたバックドロップ(と思っていたもの)がほどけ、展開したのだと気付く。まさに“う蝕”のような動き。鳥肌が立った。終盤の「アノ」と「コノ」を視覚化した齋藤茂男の照明、「その前」と「その後」を示した燒リ阿友子の衣裳も出色の出来。こういうものが観たくて、劇場に行くのをやめられない。

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・警察歯科医┃歯とお口のことなら何でもわかる テーマパーク8020
昭和60年の日航機墜落事故を契機に、テレビや新聞などで紹介される機会が多くなりました。

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02月24日(土)
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