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by kai
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■小林建樹『冬のワンマン 〜UNERI〜』
小林建樹『冬のワンマン 〜UNERI〜』@Com.Cafe 音倉

会場を出て夜空を見上げれば少しだけ欠けた満月。5年ぶり(ワンマンは8年ぶり)のライヴ。人間の土台はそのひとの過去ではなく、未来と現在によって出来あがる。あのときはたいへんだったねと、いつかきっといえる日が来る。胸がいっぱいです。感謝感謝 #小林建樹 pic.twitter.com/sPd6tMlXTW— kai ☁️ (@flower_lens) December 10, 2022
「あ、満月! だから今日『満月』やったのかな?」と一瞬思ったのだった。よく見たら欠けていた。定番曲だし、いつ聴けてもいいものなのだが、この日の「満月」は格別だった。いや、全ての曲が特別なものだった。暖かい会場を出てキリリとした冷気に触れ、夜空を見上げて帰る。なんて幸せなことだろう。しかもそれが、小林さんのライヴの帰り道だなんて。こうしたひとりひとりのちいさな幸せが、世界の平和へ繋がっていけばいいのになんてこと迄考えた。

「今年は、それはもう、ひどいことが沢山起こったでしょう。シャレにならないくらい。でもね、10年くらい経ったらあのときはたいへんだったねといえるときが来ると思うんです」。開演前、客席から程近い楽屋から発声練習が聴こえた。この日の声は、いつにも増しておおらかに、そして力強く響いた。

4月と8月のライヴ配信に続き、YouTubeチャンネルでの音声番組『ムーンシャインキャッチャー“R”』スタート、そして8年ぶりの有観客ワンマンライヴ。今年の春以降、驚く程(! それはもう驚く程! 二回いう程驚いてるわ)小林さんが活動的だった背景には、こうした「ひどいこと」に対して自分が出来ることを、という使命感があったのだろう。本人が「使命」を意識しているかは判らないが、自分が出来ることはこれしかないという、音楽家としての勘が働いたのだと思う。不安を抱えるひとたちに、少しの時間だけでも、幾ばくかの安らぎを。音楽にはそれが出来る。そして、それを行動に移せる者は決して多くない。

スクエアプッシャーのライヴを観たときにも思ったが、SNSに現れないからといって、音沙汰がないからといって、何もしていないなんてことはないのだ。彼らは日々音楽に向き合っている。リスナーの想像が及ばない地道な作業──努力といってもいいだろう──を、毎日コツコツと続けている。今の自分の身体が、かつての自分がつくった音楽をどのように鳴らせるか探求している。

単純にキーを下げるというが、移調は結構な手間がかかる。ギターはまだカポをかますという手があるが、ピアノは過去の手癖……というか、長年馴染ませてきた運指で弾くことが出来なくなる。6年前のライヴで話していたように、「オートマチックに演奏出来るようになる」迄、所謂“名もなき家事”のような細かい手直しを、ステージに上がる直前迄繰り返しているのだ。

星座のアルバムをつくっていると話していた。12星座をルールに則って分類し、そこへコードやリズムを充てていくという。一般的に知られている星占いだけでなく、自分で決めたルールによる分類もあるところがこのひとらしいが(星占いの知識かなりある方ですもんね)、そうした分析や実験を夢中になってやっていれば、そりゃすぐに日が暮れるし、気付けば何ヶ月も、何年も経っているだろう。音楽にどっぷり浸かっているだけで幸せなのかもしれないこの音楽家は、それでもステージに立つことにした。それは多分、人前でただ演奏したいという自分のエゴだけではない筈だ。

前半ギター、15分の休憩を挟んで後半ピアノの弾き語り。ステージにはアコギが2本用意されていたが、実際に使ったのはいつものグレッチのみ。一気呵成に演奏するので、集中力を切らさないため持ち替えないようにしているのかもしれない。ギターのときとピアノのときとで、ヴォーカルマイクのセッティングが違っていたようにも思う。ギターの弾き語りではキレのよいソリッドな返し、ピアノの弾き語りではエコーが若干強めで余韻の残る鳴り。


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12月10日(土)
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