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by kai
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■『チャンシルさんには福が多いね』
『チャンシルさんには福が多いね』@ヒューマントラストシネマ渋谷 シアター2

『チャンシルさんには福が多いね』やべー身につまされつつ面白かった……建物の人物の撮り方が『コロンバス』みたいで美しいなー、ってことは小津安二郎? と思っていたらにっこりの展開に。わたしゃこういう何にも起こらない(と劇中でもいわれちゃう)ようで何かが少し動いている映画が大好きよ〜 pic.twitter.com/pvKlw7uBpP— kai (@flower_lens) January 11, 2021
オープニングの画面がスタンダードサイズ、というところも小津監督へのオマージュみたいですね。数々の名作をちゃんと観てきていない観客は、こうやって逆方向から偉人を知るのでした。原題『찬실이는 복도 많지(チャンシルは福が多い)』、英題『Lucky Chan-sil』。2020年、キム・チョヒ監督作品。以下ネタバレあります。

長年コンビを組んできた映画監督が急死し、プロデューサーとしての仕事を失くしてしまったチャンシルさん。収入が途絶えたので、家賃が安い山の上へと引っ越してきます。さて、これからどうしよう? 仕事にしても、人生にしても。

確かにプロデューサーって職業、どういう仕事なの? って訊かれると説明が難しい。本人ですらどう答えていいか迷うんだな(あの社長ヒドい)。目立たなければ目立たない程いい仕事をしているともいえる、とてもだいじな役割なのにね。しかしチャンシルさんをちゃんと見ているひとは見ているのだ。ため息ついたり、はりきったり、泣いたりするチャンシルさんのことを案じているひとは沢山いるのだ!

引っ越しのとき一緒に荷物を運んでくれたのは、彼女を慕う若手スタッフ。家政婦として雇ってくれるのは主演女優。大家さんに構ったり構われたり。短編映画監督との恋の予感(と本人が思い込もうとしている、と第三者は思うのであった。が、そうやって始まる恋もあるものですよね)は打ち砕かれたけど、誠実な彼とは今後もつきあいが続きそう。映画を無心に楽しんでいた頃の象徴、レスリー・チャンと言い張る男(似てないですよ。そこが味ですよ)も現れて、優しい言葉をかけてくれる。

女優は新しい監督との関係やネットの評価に傷付いて生活が荒れてる。大家さんは夫と娘を失くして寂しい。若手スタッフも新しい職場でたいへんだろう……って、そもそも彼ら、仕事はあるのだろうか。短編監督は映画だけでは食べていけないのでフランス語を教えているし、レスリーは悲劇的な最期を迎えた故人だ。それでも彼らは、チャンシルさんの前では明るいし、優しい。レスリーなんて、震えてるのにランニングとトランクス姿のままでいる。幽霊なのに寒いのかとも思うが、おそらくその姿でいれば、チャンシルさんが気づいてくれるからだろう。あれはチャンシルさんが好きだった『欲望の翼』での衣装(?)なのだ。やだ健気。



チャンシルさんはチャンシルさんで、女優を励まし、大家さんにハングルの読み書きを教える。レスリーと大好きな映画のシーンに入り込み、夜道を歩く彼らを「照らす」。お互い福を持ち寄って、少しずつ前に進む。オフビートといおうか、いい感じにすっとぼけたリズムで日々が過ぎる。人生真っ逆さま、はない。人生大逆転、もない。何にも起こらない? いやいや、ここには豊かな時間があるのだ。引きの多い画面は、坂を登り坂を降りるチャンシルさんを遠くから覗き見る。軽やかな足取りの彼女を見て笑顔になり、うなだれて歩く姿を見てハラハラする。レスリーも段々かっこよく見えてくる(マジで)。チャンシルさんが自分のことを認識してからは、服も着るようになる(笑)。幽霊かもしれない、幻かもしれない彼は、チャンシルさんが再び歩き出したとき、消えてしまうのかな? いやいや、彼はいつでも映画のなかにいるのだ。

映画って、なんて素敵なものなんだろう。

チャンシルさんを演じるカン・マルグムがとてもよい。「チャンシルさん」と思わず呼んでしまう、実在する友人のように思わせてくれる。女優を叱咤激励するときも、居酒屋で映画談義をするときも、いい感じに力が抜けている。バスで泣くシーン、名演です。


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01月11日(月)
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