ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
[647865hit]
■『マルモイ ことばあつめ』
『マルモイ ことばあつめ』シネマート新宿 スクリーン1
1940年代、朝鮮語辞典の編纂に命がけで奮闘したひとびとの物語。『タクシー運転手』(の脚本家が今作の脚本・監督)で、ソウルから来た運転手を援護する光州の運転手を演じたユ・ヘジンが、今作では主演としてことばあつめを援護する #マルモイ #ことばあつめ pic.twitter.com/pm3V0ESSbD― kai (@flower_lens) July 11, 2020
twitterで指摘されて思い出したが、ユ・へジンは『1987 ある闘いの真実』でも反政府運動を援護する看守役を演じていた。『タクシー運転手 約束は海を越えて』では光州の運転手たちのその後は描かれない。彼らはあのあとどうなったのだろう?
原題は『말모이(マルモイ)』、英題は『MAL・MO・E:The Secret Mission』。2019年、オム・ユナ監督作品(脚本も)。カバンを盗んだ男がカバンを届けるべく走る。字を読めなかった男が手紙を書く。カバンのなかには集めた言葉たちが入っている。男の書いた手紙は時間と空間を超え、こどもたちに話しかける。何故言葉なんか集めるんだ? 金を集めるならまだしも。かつてそういった男は、言葉と文字が果たす意味を知り、言葉によってその思いを記録として残す。朝鮮語学会事件に想を得たストーリーは、学者たちに協力してことばを集め続けた、公の記録には残らない市井のひとびとのにスポットをあてる。
字を覚えた主人公が、読める! 読める! と街中を歩き、次々とその言葉を口にする。ただの記号の羅列が、鮮やかにその意味をもって輝き出す。そのシーンの美しさ。そうして手にした言葉を奪われることへの怒り、悲しみが、彼を行動に向かわせる。前科者であるが故に信用されず、何かあればすぐ疑われてしまう。それでも彼はくさらず、ユーモアを忘れず前に進み続ける。犯罪者といわれるひとたちが仕事を求め、あるいは故郷を追われて首都に出てくる。だからソウル(京城)は朝鮮語の方言を集めるにはもってこい。字を覚えるという「学び」とともに、彼のバイタリティがひととひとを繋いでいくさまは痛快だ。
だからこそ、それが断ち切られる場面はつらい。彼らの名前や言葉を奪っていくのは日本人なのだから尚更だ。何故この時代、彼らが必死の思いで自国語を集め残そうとしていたか。観ているこちらは向き合わねばならないことが沢山ある。『暗殺』や『密偵』では登場した、朝鮮人に協力的な日本人はいない。『爆裂野球団!』のようなのどかさももはやない。
とはいえ、ひとりの市民を軍と警察総出かというくらいの人数で追いかけたり、銃弾が心の臓にヒットする等、あまりに劇的というか戯画化されている印象も受けた。事実と違うと当事者の家族から批判された(ユルゲン・ヒンツペーター氏を「光州事件の現場を取材した唯一の外国人記者」とし、斎藤忠臣氏については全く触れていないことも指摘しておきたい。斎藤氏についてはこちら参照)『タクシー運転手』でもそうだったが、オム監督は社会問題をエンタメとして見せるために極端な手法を用いる傾向があるように感じる。ホットクやたんぽぽの語源について等、個々のエピソードは素敵なものばかりだったので、違う構成、演出で観てみたかったと思うところもある。
忘れてはいけない、なかったことにしてはいけない、だからいろいろな形で記録を残す。それは、所謂検閲(一般市民も検閲をする)をくぐりぬけるための符丁のようでもある。そこから過去を知り、史実を自分で学んでいく。監督は学びの一歩を示してくれた。そんなやりとり、機会をなくしたくない。パンフレット巻末に宣伝担当の方の言葉があった。本作が「売れ残って」いたこと、上映劇場にいやがらせがあるのではと不安だったこと。たった一本の映画を公開するのに、そんな心配をしなければならないなんて。『暗殺』ですら日本公開にこぎつける迄にしばらくかかったし、『軍艦島』は某社が買ったという情報はあったものの、その後公開もソフト化もされていない。『マルモイ』を日本で観られてよかった。公開にこぎつけてくれて、本当に有難うございました。
[5]続きを読む
07月11日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る