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by kai
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■『チャーミング・ガール』
『チャーミング・ガール』(DVD)

引き続きファン・ジョンミン特集。原題は『여자,정혜(女、ジョンヘ)』、英題は『The Charming Girl』。2005年の作品(日本公開は2006年)。パッケージに書かれているコピーが抽象的で、これは説明しにくいストーリーなのかなと思ったらそのとおりだった。こういうの、おーもりくんや水橋くんがインディー映画に出てたとき沢山観た!って感じで懐かしい気分。美しい映像と少ない台詞。ある傷を持った登場人物の日常、その傷を辿る旅と再生への足掛かり。

主人公の女性はちょっと雑な生活をしている。ソファで夜通し過ごす、食生活はジャンク。生活を変えるには?気分を変えるには?と言った情報番組をよく見ているが、単にBGV替わりに流しているだけのようでもある。荒れたと言うより、どこか寂しい暮らし。彼女はそれをうまく隠している。郵便局に勤め、日々の仕事をこなす。同僚たちと仲が悪い訳ではないが、ちょっと変わったひとと思われている。住んでいる部屋はそれなりに年期が入っている。こまめに掃除をする。通勤途中の茂みで見掛けたねこが気になり、飼うことにする。

この淡々とした描写が巧い。ベランダの植物の世話をしていて植木鉢の下に敷かれた古本を見付ける場面で、この本は主人公のものではないのだと判る。そうしたさりげない日常の積み重ねを見せることで、その人物の周辺を徐々に明らかにして行く。時折入るフラッシュバックが効果的。主人公が過ごす現在の時間に、過去の自分の後ろ姿がするりと駆けてゆく。今はいつだ?一瞬錯覚が起こる。現実と地続きで起こるそれは、過去から抜け出せない彼女の苦しみが日常的なもので、決して忘れられるようなものではないことを気付かせる。至近距離から撮られた黙する瞳。彼女の見ていること、思っていることを知りたくなる。

傷の原因が明らかになるにつれ、自分を変えよう、前を向こうとしている彼女を見守っているような気持ちになる。ねこが馴れていくことにほっとし、母親の思い出を慈しみ、青年がやってこないことにやきもきし、酔客とホテルに入る危なっかしさにハラハラする。叔父の家を訪ねる様子に、取り返しのつかないことになりませんようにと祈り、いや、彼女は既に取り返しのつかないことをされてしまったのだと気付く。そして彼女に寄り添う存在を探す。

ティム・ロスの「彼らの手はどこまでも伸びてくる」と言う言葉が思い出される。彼女はチャーミング・ガールになれるのかな。いや、彼女はずっとそうなのだ。どんなにおぞましい目に遭ったとしても、ひとがひとの価値を貶めることは出来ない。誰も彼女自身が持つ美しさを貶めることは出来ない。

主人公を演じたキム・ジスは冥い美貌の持ち主。本編中一度たりとも笑顔を見せない。ソファの下に隠れていたねこが初めて自分に寄り添ってきたときも、新しい靴を買いに行くときも、高揚感は皆無だ。淡々とした100分のなか幾度も彼女の無表情がアップで映し出されるが、その“画”が保つ。自分から青年に声を掛けたにも関わらず、その踏み出した一歩に不安を覚えているような表情、その青年の言葉を聞くラストシーンの表情。心のうちを知りたいと、惹き付けられる美しさでした。

青年を迎えるため食材を買いに行き、食事の準備をするシーンが印象的。彼の戸惑いも解るし、結構無茶な提案でもあると自分でも気付いている。浮ついた様子が全く見られず、最初から諦めているようでもある。それでも声を掛けられずにはいられなかった彼女の切実さを思い、なんであいつ来ないんだよとこっちが腹を立てたわよ!(笑)映画の登場人物なのに、私に悩みを打ち明けてくれないだろうか、本音を喋ってくれないだろうかと思ってしまうような魅力があった。


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04月02日(水)
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