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by kai
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■『負傷者16人 ―SIXTEEN WOUNDED』
『負傷者16人 ―SIXTEEN WOUNDED』@新国立劇場 小劇場
予想通りとても重い内容で、心にずっしり残るいい作品でした。パレスチナ人とユダヤ人の対立の間に、寛容の象徴としてオランダと言う国、パン屋と言う生活に不可欠な場を置くことで、事態をより複雑に、より考えさせるものになっています。そして、その寛容と言うものが9.11以降試練を迎えつつあることも、解決が見えない大きな問題への思いを強くさせます。演者の力と手練な演出による緊張と緩和のリズムが見事で、体感時間を非常に短く感じた2時間40分でした。
お互いに知らないことがある。前半はパレスチナの青年マフムードの謎を明らかにしていき、後半にオランダのユダヤ人ハンスの謎が明かされる。どちらにも壮絶な過去がある。それを彼らは、どちらも本人の口から聴くことがない。個人対個人として向き合えば愛し合える隣人が、出自と所属によって引き裂かれる。過去はずっとついてまわり、消すことが出来ない。以下ネタバレあります。
「公平なんて贅沢なものを手にしたことがない」マフムードは「親父にユダヤ人を憎めと言われて育てられたことはない」と言い、それでもユダヤ人を憎まずにはいられない。罪のないこどもにさえも「こいつらを生かしておけばいずれ大人になり、パレスチナを迫害する」と思ってしまう。反面ハンスは、それがパレスチナ人であろうとも血まみれで倒れている人間を放っておけない。マフムードに疎まれ、酷い言葉を投げつけられても、ハンスは彼を助けようとする。
マフムードはテロリストとして過去多くのユダヤ人を殺している。新しい“仕事”を兄が持ってくる。ハンスは第二次大戦中、収容所で同朋の死体を焼く仕事をしていた。戦後解放され、ひとりきりになったところをパン職人のオランダ人に助けられ育てられた。そして戦後数十年経った今も、なるべくひとと深く関わらないように、ひっそりと暮らす。ハンスは自分に仕事と店を、いや人生を与えてくれたオランダ人に「借りを作った」と言う思いが大きい。この借りを誰かに返さねば。そんな思いがいつも心の底にある。そこにマフムードが現れたのだ。
ハンスが娼婦ソーニャに自分の過去を打ち明け、プロポーズするシーンが心に残った。ソーニャも一筋縄ではいかない過去があるようなのだ。名前からしてロシア系であろう彼女は、恐らくユダヤ人なのだと言う解釈。弾圧された経験があり、それは決して過去にはなっておらず、しかし時間は止まらず年老いていく。どんなに強く求めてもひとと繋がることの出来ない、祖国を持たない流浪の民。ふたりはどんなにふたりでいてもひとりきりで、ひたすら哀しくせつないシーンだった。
そういう意味ではマフムードはまだ若く、無邪気とも言える純粋さを持っていた。そんな彼がハンスと出会ったことで、ある種の可能性を生み出すのではないか――結末の予想は誰もがうっすらついている。しかしその誰もが、彼らが幸せへの足がかりを掴みかけ、束の間の安らぎと笑顔を得ている姿を目にしたとき、この時間がいつ迄も続けばいいのにと思っただろう。終盤マフムードとハンスが徹底的に話し合う姿に、ひょっとしたら、と思っただろう。この「ひょっとしたら」と言う力が大きければ大きい程、やはり予想通りになった幕切れのショックは大きい。出演者は説得力のある演技で「ひょっとしたら」を強く、そして長く感じさせてくれた。またパン屋での仕事、と言うのがひとびとの日々の暮らしに密着していることだけに、どこか幸せな匂いがあるものなのだ。おいしいパンを焼く、お菓子を焼く、誰かがそれを毎朝買いにくると言う光景。
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04月27日(金)
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