ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『ロトチェンコ+ステパーノワ』『シティボーイズのFilm noir』
『ロトチェンコ+ステパーノワ ―ロシア構成主義のまなざし』@東京都庭園美術館
最近ではBunkamura ザ・ミュージアムと言ったところでも展覧会が開催されて、ちっちゃなブームがきているような?ロシア・アヴァンギャルド。混んでてビックリした…バウハウスならともかく、ロシア・アヴァンギャルドファンこんなにいたんだって言う(笑)。8年前の『極東ロシアのモダニズム1918-1928[ロシア・アヴァンギャルドと出会った日本]』は町田市立国際版画美術館でしかやらなかったし、6年前のワタリウムでのロトチェンコ展は全館使う程作品がなく企画展のなかの1セクションって扱いだった(でもこれは工夫のある面白い展示だった!)。いろいろ観られる機会が増えていくのは嬉しいな。
ロシア・アヴァンギャルドと言えば、フランツフェルディナンド『You Could Have It So Much Better』のアートワークの元ネタになったこれとかが有名ですね。
この『「レンギス(国立出版社レニングラード支部)あらゆる知についての書籍」国立出版社レニングラード支部の広告ポスター』も勿論展示。構成主義を代表する作家アレクサンドル・ロトチェンコと、彼のパートナーだったワルワーラ・ステパーノワの作品展です。合わせて約170点。ステパーノワの作品がこれだけ観られる展示ってのは、すごく珍しいのでは。
先日観に行った『ゴーゴー・ミッフィー展』のブルーナさんも影響を受けたキュビズム、未来派との共通性も多いロシア・アヴァンギャルド。20世紀初頭に興った芸術運動ですが、政治と密接に関わっていたこともあり短命でもありました。1917年のロシア革命前後から1930年代のスターリン体制になるくらい迄。ロトチェンコと広告エージェント『マヤコフスキー=ロトチェンコ広告=コンストラクター』を組んだ詩人マヤコフスキーは1930年に自殺。文化革命が進むなか、形式主義者として批判にさらされたロトチェンコは1931年に芸術団体『十月』から除名、1951年にはステパーノワと共にソ連芸術家連盟モスクワ支部からも除名されます(ロトチェンコは1954年、ステパーノワは1958年に会員資格を回復)。そして1956年にロトチェンコが、その2年後の1958年にステパーノワが亡くなります。
多くの芸術家が粛清され作品が散逸していくなか、ロトチェンコとステパーノワの娘ワルワーラとその夫、孫のラヴレンチフは、ふたりの作品を守り続けたそうです。そして1991年にソ連が崩壊。ロシア国立プーシキン美術館とロトチェンコ・ステパーノワ・アーカイヴ所蔵による作品群は、子孫の尽力がなければ目にすることが出来なかったであろうもの。混乱の時代を生き抜いた家族の物語をも観たような気持ちになりました。
シェイプを徹底的に突き詰め、線、面のみの構成に到ったストイックの極みとも言えるロトチェンコの作品と、シンプルであり乍らおおらかで、力強さとチャームが同居するステパーノワの作品はいいコンビに思えました。ロトチェンコが撮った写真の中にいるステパーノワは、どれもいきいきとした素敵な表情をしています。
絵画も初めて観るものが多く楽しかったのですが、やはりテンションが上がったのはポスター群。圧倒的に格好いい。落ち着いたアールデコ様式の庭園美術館内に、強烈な色彩のポスターが並んでいる光景のシュールなこと!印刷物もありましたが、ポスター原画が多数展示されていたのが嬉しかった。印画紙のコラージュに、直接彩色してある一点もの。タイポグラフィも全て手書きです。丁寧にコピーの訳文も付いていましたが、これがもうすっごい直球なの。「当社の株主でなければソ連国民とはいえません」「バターより3倍安い!」「国営デパートで 買え!」てな感じ(笑)。これだけストレートな言葉が並ぶ中、クッキーのパッケージに「招いていようとなかろうと 頼んでいようとなかろうと お客はあなたの家へ かならずやってきます」「パンはひからび バターはネコが舐めちゃった」って書かれているのに大ウケしつつ、かわいいなーと思ったり。アジ広告も多いけど、ユーモアがある。
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05月15日(土)
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