ID:43818
I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
by kai
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■『だれか、来る』
家の外にいる「彼」の描写がめちゃくちゃ怖い。演技スペースは客席と地続きの角地で、照明はそこにしか当たらない。「彼」は照明の当たらない場所にずっと立っているのだ。しかも、暗転を境に少しずつ、ゆっくり動いている。だるまさんがころんだ状態といえば楽しそうだが全然楽しくない、めちゃくちゃ怖い。この「彼」を演じた矢野さんは、開演前の諸注意を朗らかにアナウンスしたり、ひとりでソファやテーブルを動かす等場面転換も担当していたので、最初は演技ではなく何かあったときの対応のためハケないでいるんだな、と思っていたのだ。途中で彼が「来訪者の彼」だと気付いたとき湧き上がった恐怖感を誰かと分かち合いたい。

家に入った彼は妻と話をするのだが、その言動がもうずっと怖い。何する? 何かする? と勝手に想像が膨らみまくって怖い。恐怖の根源ってほんと「わからない、自分の想像が及ばない」ところから来るんだなと改めて実感。だって終わってみれば、彼は別に何かをした訳ではないのだ。家を買った人物に会いにきた、家の思い出を話した、お酒を持ってきて勧めた、電話番号を渡したということだけ。思い出話は世間話の域だったし、お酒は家を買ってくれたお礼とも考えられるし、電話番号は何かあったときの連絡先として。変に勘ぐる必要はない。でも彼の「何かしそうな気配」が妻に涙を流させた。あの涙は恐怖から来るものだったのか、自分の中に不実を感じた申し訳なさからだったのか、ずっと考えてしまう。

見たままだと飴屋さんと伊東さんはとても歳が離れて見える。飴屋さんは長い髪を無造作にまとめたおじいちゃんなルック。これがおじいちゃんを演じているのか、おじいちゃんルックのままで妻と同世代の人物を演じているのか一瞬迷う。動きもゆっくりで、伊東さんに手を引かれて歩いている感じ。え、大丈夫? なんて失礼なことも思ったのだが、途中急に機敏に動くシーンがあり、そこで初めて「ああ、あのゆっくりした動きは意図的なんだ」と納得する。思い返せば7月に観た『塹壕』では、飴屋さんはとても軽やかに動いていたじゃないか。

帰宅後初演が品川さんと荻野目さんだったと知り、では見たままを信じてよかったのか。歳が離れたワケありのふたりが、恐らく周囲からあまり祝福されない形で一緒になり、自分たちを知っているひとがいないところへ引っ越してきたのか。と解釈する。下世話ではあるが、嫉妬深い夫とよろめく人妻の図式も考えられる。だってーーー意味ありげ過ぎるんだもん彼。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』みたいだったもん。この家ベルないんでノックだったけど。てか最初にドアがノックされたとき椅子から飛び上がりそうなくらいビックリした! 照明が当たってる方に集中してたから、ノック音不意打ち過ぎた!!

やっと「ふたりきり」になれた、数々の困難を乗り越えたであろうふたりがちょっとしたことで疑心暗鬼になる。人間関係の危うさをイヤ〜な感じで見せる作品でした(身も蓋もないいい方)。だってさあ、彼のこと疑いまくってんのに来訪したら「俺は出ない」って隠れちゃう夫、ヒドくね? おまえ! 出ろよ! 不貞寝してんじゃねえ! なんて思ってしまったもんね。妻はそれでいいんか! 余計なお世話ですか! と思いつつ、そうそうひとって疑い始めると底がないよねーと我が身を振り返ったりもし、しょんぼりした気分になる。それをいったらこの話、実は夫の走馬灯かも知れないじゃんね…妻は彼と出ていき、その後長い間ひとりこの家に暮らし続けた夫が死の間際に見た夢……だから夫だけおじいちゃんルックなんじゃないの……ってえっそれもめちゃ怖い! つらい!

そして日本に住む者からすると、家を丸ごと(家具も調度品も、飾られていた写真も)売る/買うという感覚に慣れないのでそこがもう怖いと思うなど。知らないひとの写真飾ってあるの怖いじゃん。誰! って思うじゃん…ヨーロッパでは珍しいことではないのかも知れないが……にしても彼もさあ、家売るんだったら掃除して引き渡せよ! おばあちゃんが使ってたおまる(尿が残ってる。ヒィー)とか片付けろよ! キエー!!! と、真面目に観乍ら心で叫んでいたことは付け加えておきたい。


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09月26日(金)
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