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by kai
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■BÉJART BALLET LAUSANNE JAPAN TOUR 2024『バレエ・フォー・ライフ ─司祭館はいまだその魅力を失わず、庭の輝きも以前のまま』
カーテンコールの幕が上がると、ステージにはベジャールがいた。掲げられているのではなく、遺影がフロアに直接置かれている。そこへダンサーたちがひとりひとり駆け寄っていく。キスをし、ハグをし、一礼する。だいじそうに触れる、すっと歩み寄り、じっと見る……もうドッと泣いてしまったのだが、頭の一部は冷えていて「えーとこのあとどうするんだ? 皆で手を取り合い、一歩一歩前進する美しい歩行を見せるシーンだが?」などと思う。結果どうなったかというと、遺影の両端をダンサーが持ち、一緒に歩み出したのだった。ちょっともたついているところもある。拍手の嵐が続く。何度目かのカーテンコールを終え、下りた幕の向こうからダンサーたちの歓声と拍手が聴こえた。また涙が溢れる。

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本編の話を。ガラではなく通しで観るに値する作品で、振付家としてのベジャールは勿論だが、演出家・ベジャールの凄みを思い知る。AIDSによって失われた唯一無二の才能、フレディ・マーキュリー、ジョルジュ・ドンを悼む。“Oh, Yes!”と“Oh, No!”、快楽と苦痛に満ちた、長く短い人生の儚さが描かれる。目覚め、生き、また眠りにつく。いつか目覚めないときが来る。そのときひとは何を残すのか? 上空に投げられる白いシーツの眩しさが、ダンサーたちの躍動する肉体が、目に、脳裏に焼き付く。

2022年にバレエ団へ復帰したオスカー。出てくるだけで目をひく。あのムーヴ、あのポーズ……まさに「ベジャールのダンサー」。カリスマがあり、観客のレスポンスも大きい。彼の復帰を喜んでいるファンは多いに違いない。初演から唯一、同じ役を踊り続けているエリザベット・ロス。ジュリアンが引退するし、エリザベットのその日も近いかも……それでも「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」のソロは、彼女以外に考えられない。しなやかに伸びる長い腕、フロアから垂直に上がる長い脚。彼女が踊る時代に生まれてよかった、観ることが出来てよかったと思えるダンサー。目に焼き付ける。

大橋真理はもうすっかり中心メンバーで、「ブライトン・ロック」「コジ・ファン・トゥッテ」「ゲット・ダウン・メイク・ラヴ」「テイク・マイ・ブレス・アウェイ」「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」と大活躍。2022年入団の武岡昂之助は、十市さん直伝(?)の「ミリオネア・ワルツ」を無心に踊る。素晴らしかった! 茶目っ気もちゃんと継承していますね(笑)。天使役のふたり、オスカー・フレイムとアンドレア・ルツィも印象的。

この日のフレディ役はアントワーヌ・ル・モアル。最後だしジュリアンで観たかった……という思いはありましたが、アントワーヌのフレディもかわいらしかったです。フレッシュ! 厚底靴で動くのはたいへんそうでした。そうそう、『バレエ・フォー・ライフ』といえばヴェルサーチ。フレディや天使の衣裳は勿論、スポーツウェアスタイルも素敵だし、キテレツなのにアクティヴでチャーミング。肉感的な「ベジャールのダンサー」たちを輝かせる衣裳の数々、堪能しました。

ライヴテイクも多いセットリストのなか、「ショウ・マスト・ゴー・オン」がそうでないことにはいつも胸を衝かれる。この曲はフレディ・マーキュリーのスワンソング。ライヴで唄うことは叶わなかった。ブライアン・メイの魔法のようなギターソロを聴きつつ、先日体調を崩していた彼の無事を祈る。いつかはこの作品を創ったひとがひとりもいなくなる。それでも、今を生きる「ベジャールのダンサー」たちがいる限り、“司祭館はいまだその魅力を失わず、庭の輝きも以前のまま”なのだ。

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終演後のトークでジュリアンは「演出変更だとは思っていない」といっていた。何故なら、という説明にも納得。でもこれがベストの選択なのかは判らない。今回はジュリアンが出演もしているからで(今日は出てないけど)、来年以降ジュリアンが引退してからもこれで行くのかな pic.twitter.com/QUTjopxZGZ— kai ☁️ (@flower_lens) September 22, 2024
泣きつつもずっと考えていた。今後はこれでいくのだろうか? あの歩行の美しさは失われていないにしろ、まとまりには欠けてしまったかもしれない。しかしそれならば「ベジャールと歩む」という美しさを、視覚的にもまだ考える余地があるかもしれない……。

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09月22日(日)
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