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西方見聞録
by マルコ
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■鳥羽旅行記2004A〜晴れの海岸
 さて旅行は水族館で終わったわけではありません。
 水族館でときめきたるものの栄枯盛衰を堪能したのち、私たち市営定期船に乗り、菅島という島に渡りました。所要時間10分。ちなみに「すがしま」と読みます。「すげしま」ではありませんことよ>スゲーゼ(注1)の皆様。
菅島は「人口1000人ほどの島で60%が漁業を営んでいる。7月11日のしろんご祭りは結構有名で海女さんの島として知られ、アワビやサザエの産地。最盛期は15軒ほどが民宿、ホテル、旅館を営んでいたが後継者不足から今は6軒に減っている。島内には小学校しかないので子どもは中学に入ると市営定期船で鳥羽へ通うことになる。漁業も兼業が主で多くの若い世代は鳥羽まで船で通勤していると言う。」

 これらの話は船着場まで送迎に来てくれた宿屋の主人の息子(30代)と旅館の布団を敷きに来たおばちゃんの作業を手伝いながら聞き出したものと各客室に備え付けられた「まちづくり、むらおこし」と言う本の1事例として取り上げられてた「菅島の例」からの引用です。本の中でコラムを執筆している元村長(今は鳥羽市に合併されているので)町内会長にして市会議員の「村田さん(故人)」のおうちがやってる宿屋「別館村田屋」に私たちは宿泊しました。

 布団を敷きに来たおばちゃんによると「ここの親戚だから忙しい夏の時期にはアルバイトに来ている。嫁と孫3人は毎朝7時の定期便で鳥羽に働きにいったり学校いったりしてるんで、弁当づくりが大変なのよ」とのことでした。

 さて、まあとにかくわたしたちは島にやってきました。昨年は鳥羽で小涌園なんかに泊まっちゃってプライベートビーチで泳いで夜な夜な懐石料理なんか食べちゃったんですが、今回はうちもマルコの稼ぎがあんまり芳しく無いんで、ちっと安めの宿にしよう、ということで海を越えたんですわ。これが大当たり。美味い!安い!空いてる!宿賃は小湧園の半額で料理は3倍おいしかったです。鳥羽の料理って多分あっちこっちの島とかで採れたものが売られていくんだと思うんですが、産地を握ってるものは強いですな。

 そんで宿屋の前が浜辺になっててほとんどプライベートビーチ状態でした。2日目は朝の9時くらいから夕方4時くらいまでマルコ家はずっぽり海にいました。日焼け止めを家族成員に塗りたくりすごす母マルコ。おかげさまで痛くはなりませんでした、黒くはなったけど。

 マルコは自慢では有りませんが泳げと言われればキロ単位で泳げる人間なので浜辺でスナドルあめでおさんに子らを任せてかなり沖まで行ってきましたが途中でくらげにさされてすごすご帰ってきました。

 一方、25メートル泳げないあめでおさんは浜辺近くを子どもたちと遊んでいたんですが、1号さんが「釣りしようよ〜」というので宿屋でつり竿を借りてきました。この宿屋、つり竿からパラソルからタモからなんでも無料で貸してくれるという超太っ腹。つり竿も竹ざおに糸と針が付いてるだけで、浮もついてないというプリミティブなものでしたがとにかくえさのオキアミだけの値段で借りることができました。そしてビーチの端っこに有る岩礁部分であめでおさん、1号さんを伴い釣り糸を垂れます。最初は入れ食い状態でえさを取られていたんですが、そのうちぱっぱかぱっぱか釣れるようになり、フグ、ベラなど4時までの間に7匹ほど釣りました。最後はうなぎみたいな正体不明なものまで釣ったみたいですがあまりに暴れるので速攻海に返したようでした。

 1号さんは岩礁の水溜りのイソギンチャクや逃げおくれた小魚と戯れてましたが、釣りにも挑戦すると、いきなりフグを釣りました。

 1匹のおいしそうな大きなベラを残して後は海に返しました。ベラは夕食で調理してもらって出てきました。(写真参照)

 マルコはそんな2人を見物するため、おKさんを浮き輪に乗せて沖から岩礁に接近。2人ぐみ大変熱心に釣っていました。あめでおさんは結構釣りが気に入っちゃったらしく、来年も釣りができるところに行きたい。と申しておりました。「浜崎伝助(注2)」化したらどうしよう、とちょっと怯えましたが冷静になったら、「あ、『伝助』化したら速攻、離婚すれば良いんだ、簡単簡単。」と気がついて安心しました。あはは。



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08月02日(月)
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