ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■まどろみの彼方 おざなりダンジョン(笑)
 ───モカ。

 己の名前を呼ばれた気がして、少女はゆっくりと重いまぶたを開けた。

 ───モカ。私が見えるか?

 彼女の目の前にいたのは、どこか高潔な雰囲気のある長い髪の男性。自分とは違い、何やら動きづらそうなズルズルベッタリなフードを着た青年が、こちらに優しいまなざしを向けて微笑んでいた。

 懐かしいような、忘れていたような、そんな切なさにも似たものを覚える笑み。

「・・・・・?」
 
 どうやら向こうは自分を知っているようだが、あいにく彼女の記憶には残っていない。・・・いや、正確に言えば、どこかで会ったような面影は、感じてはいるのだが。
 こちらの戸惑いに気付いたのだろう。青年は今度は苦笑を浮かべ、再び言葉を紡ぐ。

 ───確かに私が、この姿で君の前に出るのは初めてなのだな、モカ。私が誰かは、さすがに分かるまい・・・。

「ウチに分かって欲しかったら、ちゃんと名乗りでんかい」

 モカの言い草に、青年の笑顔に翳りが浮かんだ。

 ───無理なのだよ。この世界の私は、自分の名前は名乗れぬから。・・・もどかしいものだな。これまで、ずっと一緒に旅をしていたと言うのに、もはや自分ではお前には名乗れぬ存在に、成り果ててしまうとは。

 ずっと一緒に・・・?

 その言葉に、モカはあまり働かせるのが得意ではない頭脳を、フル回転させる。

 自分と一緒に旅をしてきた者・・・。
 それは、盗賊であり、鍵開けの天才でもあるブルマン。
 操る魔法は確かに強力だが、無口で何を考えているのかさっぱり分からない魔法使い・キリマン。
 自分こと、ケンカと冒険が3度のメシより好きな、戦士・モカ。
 そして・・・・・。

「・・・・・・あ」

 やっと思い出した。と言うよりも、考えがいたらなかったのだ。
 確かにずっと一緒にいた。他の2人よりは短い間ではあったが、いつも側にいた。
 ある時は剣として。ある時は空を駆けるものとして。自分とずっと一緒に戦いつづけながらも、ついこの間、時空の歪みに巻き込まれて生死不明となってしまった・・・。

「あんさんか・・・どうりでどっかで会った事ある、思うたわ」

 彼の名前は、敢えて口にしないモカ。
 だって「それ」はまるで、人づてに聞いた御伽噺の登場人物のようなもので。自分は結局、1度として彼の名を呼んだ事はなかったのだ。
 だから、この期に及んで口にしたところで、嘘っぱちなような気がしたから。
 モカにとっては、「彼」は「彼」でしかありえない。それだけに「あんさん」としか「彼」のことは、例え様がなかったのである。

 随分自分勝手な理屈ではあったが、青年には通じたらしい。相変わらずだ、と笑ってから、少しマジメな顔つきになる。

 ───モカ、やはり君は、ローレシア大陸に行くのか?

「当たり前やないか。何かすっきりせえへんもん。ごちゃごちゃ考えとるよりはまず行動や。その方がウチらしいんと違うか?」

 ───てっきり私は、未知の大陸があるから血が騒ぐ、とでも言うと思ったのだが。

「あ、いや、それもちょっとはある、思うけどな」

 ───フフ、君らしいな。・・・だがモカ。もし君がローレシアへ赴くのが、単にアベルとの約束のためなのだったら、そして再びアベルを助けるためだけなのなら、やめておいた方がいい。彼も言ったはずだ。『新しいアベルは自分とはかけ離れた存在になるだろう』と。君がローレシアの『アベル』を助ける事は必ずしも、君の知る『アベル』が望む事では、ないのかも知れぬから・・・。

「何や、それ。禅問答かいな」

 モカはかなりムッと来たようだ。

「ウチも言うたはずやで。あんさんと一緒に黒い龍のオッサンと戦うた時に。これからいい事する奴でも、今悪かったらお仕置きするもんや、て。それとおんなじや。もしこれから悪いことする奴やったとしても、今困っとったら助けたる。
大体ウチには、小難しい事分からんさかいなv」

 ───モカ・・・。


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05月30日(金)
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