ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(13) 外法帖
 とりあえず壁も天井も床も、まだ焦げないままで済んでいるようだ。そして、この部屋に唯一ある襖は押入れのものらしく、わずかに開いた隙間から布団が入っているのが伺える。そしてその布団が、少しだけ震えているのも。
 どうやらこの部屋の住人・油売りの彦一は、鬼火に襲撃された際、とっさに押入れに逃げ込んで難を逃れていたみたいだ。

「・・・榊さん」
「ええ」

 御厨さんも、そのことに気づいたみたい。鬼火たちに察知されないよう目配せで、あたしに知らせてくる。

 やれやれ。何とか無事で良かったわよ。これだけ大騒ぎしておきながら、結局焼死体が1体見つかった、なんてことになったらやりきれないもの。

 そうして・・・。

 ドコッ!!


 風祭の拳が、最後の1つの鬼火を打ち砕いた。
 後に残されたのは───明らかにかつては「人」だったもの。惨たらしい火傷の跡を隠そうともせずあたしたちを睨みつけて来る、小さな子供の幽霊だけだった。
 おそらくソレは、姉・おろくの起こした火事で焼け死んだ、勇之介の成れの果て。

 ───オノレ・・・オノレぇっ・・・! ドウシテオ前タチハ、邪魔ヲスルンダぁ・・・!


 聞いてるだけで気がどうかなってしまいそうな怨嗟の声に、それでもあたしは踏ん張っている。
 理由の1つは、運良く今あたしは1人じゃなかったから。「味方」がいる心強さとか、変な見栄っ張りとか言った感情が、かろうじてあたしに冷静さを失わせないで済んでいるのだろう。

 そして、もう1つの理由は・・・きっと皆の胸を去来する感情と同じものがあたしの心にもよぎっていたから、に違いない。

「勇之介・・・」

 だけど。
 幽霊に対してそう、呼びかける桔梗の表情と来たら、あたしたちのような「悲しさ」を既に通り越して、むしろ「悲痛」と呼べる代物だ。

「ねえ勇之介、もうやめとくれよ、ねえ? これ以上恨みをあちこちに振りまいても、あんたが苦しいだけじゃないさ? 姉さんをハメた挙句にあんたを見殺しにした2人は他ならないあんたの手で、もう十二分に報いを受けてるんだから・・・」

 ───ウルサイ!

 勇之介が吐き出す言葉の1つ1つが、未だ毒と、紅蓮の炎を帯びているように聞こえる。

 ───誰モ助ケテクレナカッタ。ダカラ姉サンハ、サンザン苦シンデ死ンダンダ。
ソノ苦シサヲ、コノ江戸中の人間ニ思イ知ラセテヤルンダ! オ前ガ言ッタヨウニ!!

「・・・・・っ!?」

 桔梗の顔が、目に見えて歪む。

 きっと彼女は、勇之介に<力>を与える時に言ったのだろう。自分と姉のおろくを救ってくれなかった連中に、今こそ思い知らせてやれ、とでも。
 それは《鬼道衆》の野望のためになるというよりは、無念のうちに非業の死を遂げた姉弟に同情したから、だったのかも知れない。
 ───でも結局、過ぎた復讐は憎しみを倍増させただけ。勇之介の気は、これっぽっちも晴れちゃあいなかったみたいだ。

 何とか説得して凶行をやめさせようと思っていたのだろうけど、自らの『好意』が裏目に出てしまった今。桔梗は項垂れて顔色も悪い。
 そして彼女とは裏腹に、冷静な表情と確固たる決意を胸に前へ進み出たのは、九桐だった。

「・・・もうやめておけ桔梗、こうなることは半ば、分かっていたことだろう」
「く、九桐・・・」
「下がっていろ。一気に済ませる」

 そうとだけ言い、九桐は槍を構えたかと思うと勇之介に切りかかる体勢に入る。仮にも子供の「なり」をした幽霊を手にかけようというのに、その顔つきからはまるで罪悪感などは感じられない。少なくとも、表からは。

 あえて下世話な言い方をすれば、自分たち《鬼道衆》にとって不都合を招くから勇之介を始末する、格好になるのだ。・・・だがそれについて何も言い訳を口にしない辺り、潔いというかなんと言うか。
 おそらくは蓬莱寺の方は、そのことを察してるんでしょうね。「自分たちがそそのかしておきながら」云々、と噛み付こうとする涼浬を、やんわりと押しとどめているのが見えた。



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08月30日(土)
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