ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様 快刀乱麻!(3)−1 外法帖
 女房が落ち着くのを見計らって、あたしたちは部屋へ静かに戻る。
 あまりに惨い死に様だったせいだからか、死体には再び筵がかけ直してあって、あたしを心底安堵させた。
「岸井屋とやら」
 とりあえず人当たりの良さそうな御厨さんが、又之助の女房に話し掛ける事になった。
 その後ろであたしはと言えば、それとなく番頭の雰囲気を見守っている。
「時に聞きたいのだが、又之助は誰ぞに怨みを買うような人物であったか?」
「怨み、でございますか。・・・それは、商いなどしております故、どうしても私どもの知らないところで少しばかりの怨みは、買っていようとは思うのでございますが・・・」
「殺されるような怨みには覚えがない、と?」
「は、はい、さようでございます」
「殺されるような、と申されますと、まさか旦那様は殺されたと申されますのか?」
 すかさず、驚き顔の番頭が聞き返して来た。
 ・・・結構鋭いわね。ま、そのくらいじゃないと、番頭がつとまるはずもないか。

「それを今調べているところだ。・・・では又之助の様子は、このところどうであったか」
「どう、と申されますと?」
「何かに脅えていたとか、金回りが良くなったとか、逆に金に困っていたとか───そう言ったことだ」
 女房の方は緊張と悲しみとで頭が良く回らない、と言った感じ。それで見かねた番頭が、おずおずと口を挟む。
「・・・金回りが良くなったわけではございませんが、このところ旦那様はどこか脅えておられたようで。可愛がっていた飼い猫がいなくなった時、祟りだ呪いだのと取り乱しておられたり。いえ、猫の方はその後すぐに帰ってまいりまして、旦那様はそれは喜んでおられましたが。・・・後は・・・そのう・・・」
 言いにくそうに番頭が視線を送るのに気づいて、今度は女房が涙を拭いながら言葉を繋いだ。
「・・・どういうわけかこのところ、うちの人はてまえどもの息子を、そばに寄せ付けたがらなかったんでございますよ」
「息子を?」
「ええ。年を取ってからの子供でしたから、それは可愛がっておりましたのに、ここ一月ばかりは顔を見るのも嫌がるほどで。可哀想に、息子は父親に嫌われたかと泣いておりました。・・・でも今にして思えば、あれは嫌がっていると言うよりも、怖がっている、と言った方がよろしかったように思います」

 ───息子を怖がる父親、ねえ。
 成人して乱暴になった息子を父親が怖がる、って言うなら、話も分からないではないんですけど・・・さっきから聞いてると、その息子ってどうもまだ子供って感じがするわよね。なのにどうして・・・。

 ・・・その時ふと、あたしは又之助の死体を思い出した。
 正確には死体の首筋に残っていた爪痕を、だけど。───普通飼い猫に怪我を負わせられたら、それこそそばに寄せ付けないんじゃない? なのに遠ざけられたのは猫の方じゃなく、幼い息子の方だった、なんてちょっとおかしいわよ。
 それに今よくよく考えたら、あの引っ掻き傷、猫のものにしては大きかった気がする。どちらかと言えば幼い子供に引っかかれた、って方がしっくり来るわ。

 ・・・じゃ、何?
 又之助ってば本当は息子に引っかかれたのに、それを飼い猫のせいにしてたってこと?
 確かにそれなら、幼い息子を邪険にしてたり、怖がってたりしてた理由は、説明がつくってものよね。
 このことは、今回の事件には無関係なんだろうけど・・・一体何考えてたのかしら、又之助って男は。そうも露骨に息子を怖がるのなら、引っかかれた事実まで隠す事、なかったんじゃないの?

「一月前、と申したな」
 あたしの困惑をよそに、御厨さんは徐々に核心へと迫って行く。
「その頃又之助なり、岸井屋なりに何か事件でもあったのか? 些細な事でもいい、思い出せぬか?」
 そう言った時。
 又之助の女房と番頭の顔に浮かんだ表情───それは何故か揃って「困惑」だったわ。
 それも「聞かれたくない事を聞かれた。どうしたものか」ではなく、「どうしてそんなことを聞くんだ」と、こちらへ訴えるようなもの。
 ・・・って、何でそんな顔向けるのよ? それも、あたしたちに。


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03月15日(金)
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