ID:38841
ちゃんちゃん☆のショート創作
by ちゃんちゃん☆
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■茂保衛門様・快刀乱麻!(2)外法帖
 それにね。あたしだって普通の状態なら、タヌキ親父の言いなりになんて、ならなかったと思うわ。だけど、あたしが他ならぬ事件の目撃者、ってことが、事態を動かしがたいものにしちゃってるし。
 ・・・おまけに今、ここ(火附盗賊改)には長官がいないの。不慮の事故≠ニやらで先日、亡くなっちゃってね。つまりあたしたちの主張を後押ししてくれる人間が、いないわけ。そんな状態じゃ、奉行所長官と渡り合おうって方が、無謀だと思わない?

 ───ところで、今回の事件とは関係ない話なんだけどさ。
 あたしたち火附盗賊改が廃止になった背景には、今回の長官の不慮の死も遠因になってるとあたしは思うの。
 何せ火附盗賊改っていうのは結構お金がかかる割に、幕府からはそんなに経費は降りない。自然、長官が自腹を切るって形になってしまう。だから歴代の長官は、そこそこお金を持ってる人がなってたの。
 それでも火附盗賊改方長官ともなれば、出世しようと思う御先手組にとっての足がかりには違いないから、今までなら何とかなり手もあったんだけど・・・今幕府がゴタゴタしているでしょ? そんな物騒な時期に、そんなもの引き受けたがる人間は、早々いなかったってことみたい。
 あるいは上の方々でもごく良心的な何人かが、江戸の町の風紀粛正のため内心は廃止させたくない、って思っていたとしても、賛成すれば当然・・・
「だったらお前が長官になれ」
なーんて言われかねない。だから、彼らの保身のため廃止させられたんじゃないのかしら。あくまでもあたし個人の無責任な憶測の1つ、だけどね。

 ・・・話がそれちゃったわね。元に戻しましょ。

 上司と部下の間に挟まれた格好の御厨さんは、とにもかくにもあたしを宥めることにしたみたい。
「・・・しかし榊さん、今回の事件は人へ、と言うやや特殊ではありますが、所詮は火附けでしょう? 奉行所よりは明らかに、私たち火附盗賊改の出番だと思いますが」
 彼の言い分はごもっとも。でももし彼が、あの時あたしと同じ現場にいたとしたら、きっと違う判断を下したと思うわね。
 あたしは1冊の帳面を、御厨さんに見えるよう机の上に置いた。これはさっきから、あたしが座っていた座布団のすぐ横に、いつでも取り出せるように置いてあったもの。
「・・・これは?」
「今回の被害者の死体および現場検分を記録したものですよ」
 遠まわしに目を通すように、と示唆したのに頷いた御厨さんは、生真面目にも「拝見します」と言ってから帳面をめくる。

「時に与助」
「へ、へい」
 御厨さんの後ろからこっそり、と帳面を覗いていた与助は、あたしの問いかけにビクッ! と飛び上がる。あたしが見ても良いとはまだ言ってない帳面を覗いていたことを、怒られるとでも思ったのかしら。
「あくまでも仮定の話なんだけどね・・・あんた、もし人に火をつけようとすれば、どんな方法を取る?」
「はあ?」
 ───与助が面食らうのも無理はない。
 あたしたちは他ならぬその火附けを防ぎ、火附けの犯人を捕まえるのがお仕事。なのに何で火をつけようとすれば、なんて聞くんだ? ってことなんでしょうけど、時には犯人の身になって推理しないと、理解できないことも出て来るのよねえ。

 与助はそれなりにうんうんとない知恵を絞って、考え付いたままに口にする。
「・・・一番手っ取り早いのは松明(たいまつ)でじゃ、ねえっすかね?」
「事件は昼間、それも人通りが多い街中で起きたの。お天道様がまだ出ているのに松明なんて持って歩いてちゃ、目立つし警戒もされるでしょ」
「そこはそれ、頬っかむりでもして・・・」
「昼間に顔隠している人間が、どこにいるのよ? おまけに松明持ってたんじゃ、余計不審がられるわ。火をつける前に、逃げられるか大騒ぎされるのがオチ」
「そ、そうっすね・・・。じゃ、こういうのはどうっすか? 煙草を吸い吸い歩いていて、すれ違いざまに袖にでも火をつける・・・」

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03月07日(木)
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