ID:26167
マシンガン★リーク
by 六実
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■王家に捧ぐマシンガン2
ところでここの台詞が中日で「俺たちは」が「我々に」変わった点なんですが、キムシンが真飛ウバルドを見て「俺たちって感じじゃない、もっと大きい感じがするから我々、だな」という事で変更になったんだそうです(茶会でそう言っていたと教えてもらいました)。でも私はこの「我々」には真飛ウバルドが入っていない気がしたんですよ。そう思わないと、そこまでのウバルトと繋がらなかったんですよ。カマンテサウフェを煽動する為に「我々は神に許されている」なんだと。
で、ここで昨日の自論を持ってきます。「大地の国、エチオピア」「神の国、エジプト」。エチオピアが大地からの収穫による農耕国家ならば、エジプトは神(ラー)の思想に基づく宗教国家です。神という思想が国を支配している国家です。これはエチオピアにはない概念だと思うんですよね(エチオピアにも神はあっても思想とまではなっていないというか)。だけど真飛ウバルドはファラオを暗殺する為にそれまでエチオピアになかった『神』という理論を持ち出してきたんですよ、それは敵の概念であり、歴史的に先の概念であり、そしてエチオピアが弥生時代から古墳時代(いや飛鳥時代まで飛ぶか)へ歴史の動いた瞬間であり(その例え全然意味がわからない)。
昨日の繰り返しになりますが、歴史の流れ(黎明期)は「農耕による定住」→「大地からの収穫差による貧富の差」→「そこから生まれる争い」→「やがて強い者が勝利し国家を形成する」→「国家を治めるのに必要なもの」→「財力・武力、そして思想(宗教)」だと思っているので、そう思うと真飛ウバルトが「我々は神に許されている」と言うのは次の歴史(ステージ)への成熟というか、それもまた新しい概念の誕生であったのではないかと。
エジプトに(歴史的な進捗を超えて)追いつこうとしているエチオピア……ひとり客席で身悶えました。繋がった、(私的には)繋がったー!歴史は繰り返すというかこうやって辿って、踏襲されていくものなのかと愕然とすらしました(そろそろ六実さんが思想的にヤバイ人に思われそうですなぁ)。
ま、そんな私の歴史論はさておきまして、そこで「我々は神に許されている」と敵の概念を持ち出し、あるいは歴史の次の概念にたどりついた真飛ウバルドが、本当に哀しくて哀しくて仕方なかったんです。そこまでしなくてはならなかったのか、そこまでこの人は追い込まれたのか、次の歴史を切り開くほどに(うわぁ)。
真飛ウバルドがあの辺りでどこまで正気だったかは、一生懸命見たんですが(ごめんちょっと嘘)わからなかったんです。いっそどこかで狂っている(狂った)と思えたほうが(私が)見ていて楽だったんですが、やっぱり最後まであの人正気だったんじゃないかしら。でも完全に自分を捨てていたというか、まさに歴史の捨石というか。
そんな風に真飛ウバルドが駆け抜けたのも、彼が「長兄」、「嫡男」だったから。真飛ウバルドを見ていると、いかに家族を愛しているかわかったし、それゆえに父親と共にエジプトを倒すために立ち向かっていった。
真飛ウバルドから「家族」を感じたのは、アイーダへの眼差しからです。アイーダをなじったり責めたりしている時ですら、アイーダへの兄としての愛があったなぁと。自分では理解できない概念にとらわれた妹、家族をなんとかして元に戻そうとしているように見えたんです。大地を失ってバラバラになった家族の絆を再び結ぼうとしているように見えたんです。一家離散をどうにかして防ごうとしているような。「一家?」「離散?」(そんなタックを観た人にしかわからんようなネタをここでふらないでください)。
そうやってエチオピアを取り戻そうとしているのに、王家3人の想いは全く別の方に向いてしまっていた。ウバルドは父王・アモナスロが取り戻そうとしているのがエチオピアという名の「自分を頂点とした組織」にすぎないのだと気づいていたのかもしれない。けれども彼はその父親と「エチオピアを取り戻そう」と疾走する。彼は「長兄」だから。「長兄」だから家長に従い、「長兄」だから妹を見捨てる事ができない、そこには血縁という血のつながりがあるから。
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02月16日(水)
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