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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■U MagazineB(更新)
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします♪

U MagazinB

先輩で、兄弟ではありません

「投名状」はクランクインから公開、プロモーションに至るまで、
ジェット・リー、アンディ・ラウ、金城武の3人が出番の多少で
仲が悪いとずっと言われてきた。
金城武は、撮影期間中、あまり話をしなかったのは本当だという。

「でも、それは外部の人が言うような、仲が悪かったからではないです。
ぼくらは兄弟とは言えない、あの人たちは先輩だと思ってます。
何ヶ月も一緒のところに閉じ込められていたから、
おしゃべりをする時間はたくさんあったように見えるでしょうけど、
実際は毎日のスケジュールがすごく詰まっていたんです。

クランクインはちょうど冬の時期だったから、
山では朝8時ぐらいにようやく空が明るくなる。
午後は4時半になったらもう暗くて。
ぼくらは毎日車で5、6時間かけて行って、
向こうでメイクをしたら、もうお昼で、食事になる。
こんなふうで、1日に1つか2つのシーンしかとれませんでした。
車でホテルに帰るともう8時9時。
シャワーを浴びたらすぐ寝なくちゃならない。
次の日はまた4時起床ですからね!」

撮影所では、実際はそれぞれが家のような集まりを作っていたと、金城武は言う。

「どの出演者も、ある決まったスタッフたちと一緒でした。
食事のときは、それぞれ固まって、時々、お互いに訪問しあうこともある。
けれど、彼らがこちらを訪ねてくるとき以外は、
ぼくはできるだけ他の人の邪魔をしないようにしていました。
休んでいるときや、気持ちを落ち着けているときに、煩わさないように。

僕自身は出番のないときは、脚本を眺めたり、ゲームをしてみたり。
どうせ、山の中で、どこも行くとこはないんですから。
さもなければ、他の人の撮影を見に行く。
でも、とても寒くて、ちょっと眺めてると、すぐまた暗くなってしまうんです」


続けて行きます。


「赤壁」との縁 20:45

近年、金城武は続けて何本もの国内ロケの時代劇に出演している。
「投名状」の後は、ジョン・ウーの本国復帰作「赤壁」だ。
メディア・アジアが準備中の「水滸伝」も、
彼にオファーの意思があるという噂もある。
時代劇でなくとも、金城武の砂金の主演映画は、ほとんどが注目作で、
「如果・愛」「傷城」と相次ぎ、
相手がアンディ・ラウでなければトニー・レオンという具合で、
1年に1作という、脚本の厳選によって
レベルはどんどん上がってきたように見える。

「なぜ1年に1本なのか、自分でもわかりません。
たまたまそうだったということでしょう。
ぼくは自分からどういう仕事がやりたいとか、
次は何を撮るとか計画立てていく方ではないので、
誰かがオファーしてくれて、脚本を見て、いいなと思ったら、やってみる。
だって、いくら選んだって、チャン・イーモウを自分で選ぶことはできないでしょう」

確かに、チャン・イーモウの「LOVERS」は、
ウォン・カーウァイ以後、再び金城武を世界へと押し出した。
チャンは当時、内地の俳優を捨てて、アンディ・ラウと金城武を指名したのだ。
それだけで大したものである。

「ぼくも、どうしてチャン・イーモウがぼくを選んだのかわかりませんでした。
その話を聞いたときは、他の俳優の名前と間違えているんじゃないかと思いましたよ。
その後、このような、いわゆる中国の大作映画に次々と出られるようになり、
大勢の人が自分を見てくれるようになって、とても幸運だったと思っています。
でも、そのときは、とても心配でした。
撮影規模がものすごく大きかったから。
ぼくがそれまでやってきたこと、学んでことが使えるかどうか分からなかったんです」

次々と出演契約が続き、この1年、彼はずっと北京で撮影をしていた。
「投名状」が終わると、すぐ「赤壁」出演が発表され、
諸葛孔明を演じることになった。

「そのとき、もし『投名状』が終わって家に帰った後で、

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01月01日(火)
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