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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■「死神」予告編テレビ放映●U MagazineC●曹操役と渡辺謙
テレビでも始まったと聞きましたが、昨日の日テレのシネマナイト
(深夜の映画放送枠のことらしいです)で、
予約録画でキャッチしたとお知らせをいただきました。
2時50分から6時までの時間帯で、最後の2本目の映画が終わったすぐ後だったそうです。
2日、3日もあるので、どこかで流れる可能性は大きいのでは? とのこと。
今日は深夜2時50分より2本続けて6時まで。
明日は1時25分より、やはり二本続けて5時20分まで。
テレビで見るときれいだそうです。
●U MagazineC 20:30
30を越えて成熟
金城武は中日のハーフで、父親は日本人、母親は台湾人である。
ずっと台湾で暮らし、日本人学校とアメリカン・スクールで学んだ。
日本語、北京語、広東語、台湾語、英語の5つの言語に堪能である。
17歳のとき、バイクを買いたいがためにCMの仕事を引き受け、
この世界に入った。
歌手としてデビュー、当時香港台湾で人気だったジミー・リン、
ニッキー・ウー、スー・ヨウポンと共に、四小天王と並び称せられる。
後に香港に渡り、ウォン・カーウァイの「恋する惑星」に出演、
この映画は日本で大ヒットしたため、金城武は日本でも人気を獲得した。
映画への道を開いてくれた人物は、
当然ウォン・カーウァイということになる。
「演技を好きにしてくれたのは、ウォン・カーウァイ監督です。
そのときぼくはデビューしてまもないころで、まだ歌手もしていました。
彼の作品に出るチャンスがあり、突然、映画っておもしろいぞ、と思ったんです。
実は、ぼくたち俳優は自分が何を演じているのかわかっていない、
けれど、とても楽しくて、ものを作り出しているな、という感じがしていました。
決まったとおりきっちりやるんじゃなく、
ぼくは今論理性をとても求めてるけど、そういうのじゃなくてね!」
1996年、金城武は思い切って歌を捨て、以来10年間、映画に専念し、
香港映画、日本映画、台湾映画に出演してきた。
「本当を言うと、『投名状』を見て、やっぱり自分はできがよくないと思いました。
前は、自分の演技をいいじゃないかって思っていたものですけど。
一番大きな原因は、年をとったことでしょうね。
20何歳のとき演じたものを、30何歳でまた演じたら、当然違うものになります。
人生経験が豊かになっているのですから」
「今の気持ちは、チャンスがあるのだから、できるだけやろう、というものですね。
30歳越えたんですから、率直に言って、
あとどのくらい俳優をやれるのかもわからないですし」
金城武は今年、まだ34歳である。
明らかにまだかなり若いではないか。
「こういうべきでしょうね、30何歳には30何歳の味わいがあるでしょうって。
でも、ある役はもう演じることができなくなっています」
例えば?
「学生。学生を演じるのは、非常に難しい。
ああいう純真さを出すのは……ああ、
こんな自分じゃすごく嘘っぱちなんじゃないかとね」
彼は2年前、「如果・愛」で学生役をやっている。
「実はあなたの言うとおりです。脚本を選んでもいます。
全部出るわけにはいかないのだから、面白いと感じたもの、
新しい挑戦のあるもの、あるいは必ず何かを学ぶことができるから、
やらなくてはだめなものに出たいと思います」 (続く)
香港経済日報の該当の部分、参考までに。
チャン・チェの「刺馬」(1973年)と同じ年になる金城武は、今年34歳である。
外部の者は彼がのんびりと暮らしていると思っているが、
本当は、彼は撮影が楽しくて、映画に対して依然として好奇心を持っている。
ただ他人は知らないだけだ。
「今の気持ちは、チャンスがあれば、できるだけ映画に出るということ。
もう30歳過ぎてるんですから、いつまで映画をやれるかわからない」
――30代はまだ若いですよ。
「そうですか? こう言うべきでしょうね、30代には30代の味があるって。
でも、面白いと思えるもの、新しく挑戦できるもの、
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01月02日(水)
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