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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■「BAZAAR」中国版12月号(傷城)A・完
ニュースがいろいろとはさまって、置き去りになっていた
大陸版「BAZAAR」の続きです。
あと1回で終わり。 →その後更新
おのれに対する大いなる無知
「丘健邦は悲しみを背負った人物だが、
それでも明日という日が来て生きていかなくてはならない」
彼は、自分の役について、こう話し始めた。
「思い出は自分の一部分であって、捨てることのできないもの」
だから、彼の記憶には、10数年前のデビュー当時の、
厚ぼったい髪が目にかぶさっているはにかみやの少年もいるのだ、
今日の「傷城」のうつうつとして楽しまない男にいたって、
彼は成長し、大人になり、まばゆいほどの輝きを身から放っているが、
ますます謎めていていく。
もし、ちょうど毎年1回の割で映画に出てくれなかったら、
ほとんど動向がわからない。
最近どんな新しい服を買ったのか、どんな新しい車を試してみたのか、
どの友人と会っているのか、まったく知るすべがなく、
もっとしぶといゴシップ雑誌でさえ、「傷城」の街頭ロケで、
彼が「夏の猛暑の中、革ジャンで汗だく」である様子を写真に収めたに過ぎない。
こういうことすべて、一般の芸能界では白日の下にあるべきものなので、
彼はいささかお高く、そっけなく、近寄りがたいように見えてしまう。
「傷城」の製作発表の席上で、スー・チーは、
金城武とのラブシーンを増やしてくれるよう監督に袖の下を使ったと、
冗談を言った。
彼の名前は「ハンサム」のほとんど代名詞化しており、
デザイン界の巨匠Karl Largefeldも
かつて、彼の風格は無敵だと激賞したことがある。
昔、費雯麗を評して「かくのごとき美貌であれば、もう演技は必要ない」と
言った者があるが、この言葉はそのまま金城武にも使える。
今回は、香港映画史上の名作「インファナル・アフェア」の監督である
アンドリュー・ラウとの仕事だが、
このほかにも、すでに多くの巨匠クラスの人物と組んでいる。
例えばチャン・イーモウ、ウォン・カーウァイ。
アメリカの「ニューズウィーク」誌の表紙を飾り、
アメリカ版「GQ」のインタビューを受けた。
CNNも彼に2度、インタビューを行っているが、
これはチョウ・ユンファさえ受けたことのない待遇である。
以前、彼は他人が彼の美貌をほめそやすのを恐れ、はねのけた。
どんなに努力しても、自分は飾り物でしかないのだと思ったのだ。
この種の緊張感が長く彼につきまとっていて、
しまいには自信を相当程度失わせることにもなった。
外見が注意を引きすぎることを恐れた。
以前パパラッチが彼の寝室を撮影したことがある。
いくつものあいまいな影もまた伝説に仕立て上げられた。
彼の緊張は高まり、人が本当に、その美しい顔の下の、
あの誠実な心を見てくれているのかどうか、わからないでいた。
それでも演技は好きで、他の人物になりきることを楽しむこともあった。
だから、心は、巨大なる「自分に対する無知」で埋め尽くされて、
なぜ、人が自分を認めてくれるのかわからず、
自分に一体どんな才能があるのかも知らず、
「ぼくは賢くないよね?」と問いかけ、
どんな業績をあげても、喜ぶことには慎重で、
「それ、ぼくのこと? 本当に?」と言うのだ。
これが彼をわざとらしさから遠いものにして、
その失われぬ初心≠ェ人の心を打つのである。
どこにも分類されず
今回トニー・レオンが共演であることで、芝居には問題なく入り込めるだろう。
「ぼくは、演じる役をいつも友達として、その人を理解し、
それから彼と身分を交換する。
だから、好きだと思う役しかやらないんだ。
そうでなかったら、どうやってその人に成り代われるだろう」
探偵でも、音楽家でも、やくざなチンピラでもいい。
登場人物は、みな金城武自身の影を帯びていると感じさせる。
彼は自分がかつて演じた役をこのように表現する。
「いつも自分が何者かわからないという感じで、
眼には混乱と困惑の色が浮かんでいる
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12月16日(土)
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