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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■ビオテルム関係雑誌記事(「楽」)
ビオテルムの記者会見が行なわれたとき、
たくさん出た雑誌記事の1つです。
「TIMEOUT 楽」という上海の月刊誌の2ページの記事。表紙も武です。
ビオテルム関係の雑誌記事の写真は、すべてオフィシャルのものばかりで、
後は記者会見のときの写真ぐらい。
でも、何度見てもいい写真ですね。
大きくして見せてくれるだけでありがたいと思います。

ぼくは天使じゃない

もし、この世に本当に天使がいるなら、それは金城武だ

4月の商城シアター。
ビオテルム・オム中国地区イメージキャラクターの発表会。
金城武がついにライトのもとに姿を現わしたとき、
会場を埋めた、スターには何度も会っている大手マスコミの
編集長クラスの者達から、
なんと、若いファンのような歓呼の声があがった。

かつて、女性の友人達に、
「もし金城武と一夜を共にするチャンスがあったら、その過ち、犯す?」
と聞いてみたことがある。
私が聞いたのは、20から35までの、
ほとんどが安定した異性とのつきあいをしている者ばかりだったが、
異口同音に答えが返ってきた。
「やるわ。その過ちのためだったら、何でもする価値がある」

天使はこうして作られた

1990年、バイクを買う金を自分で稼ぐためだけに、
金城武はわけもわからず芸能界にデビューした。
17歳の彼は、すでに人の目を引く晴れやかな美しい少年だった。
しかし、まだぎこちなく、気後れでステージの前に出られず、
観客を正視することもできなかった。
美しいことは美しいが、中身がそれに追いついていなかった。

1994年、22歳で「恋する惑星」の、
毎日缶詰に向かってぼんやりしている警官を演じた。
内に秘められてはいたが、個性が形づくられ始めていた。
ウォン・カーウァイは、確かに偉大な監督だ。
彼の映画で、金城武は初めて沈黙を、1つの持ち味へと変えたのだ。
この持ち味は、それから何年も経つ今日まで、ずっと彼を満たしており、
今では彼のトレードマークにまでなってしまった。

1988年、「不夜城」での彼は、やはり寡黙で閉鎖的だが、ヤクザの役である。
その、アイデンティティーを見出せない外れ者の魂は、
彼自身ではないのだろうか?
中国では日本の血を引く者とみなされ、
日本では台湾の芸能人と思われている。
たとえ全アジアの人気者であろうとも、
根を持たずさすらう魂のままなのだ。
その年、彼の笑顔は光り輝くようであったが、
眼には実質が宿り始めていた。
彼は、本物の俳優となり始めていたのである。

このように自分の内にこもる子は、決まって極度に敏感なものだ。
それが、あいにく手のつけられないほどの人気者になってしまうと、
少なからぬ困惑と苦労があったはずだ。
もしかしたら、敏感であればあるほど傷つきやすいのかもしれないが、
だが、いったん心が通じれば、往々にして逆の極端になりうる。

どのように気持ちを整理しているのかはわからないが、
彼は人気絶頂のときも、なおシンプルな生活を維持している。
「仕事のないときは、映画を見たり、友達と話したり、
わざわざお知らせするようなことは何もないです」
我々が見ることのできるのは、彼の今も変わらないきれいな目だけだ。
その目に宿る純粋さは、レスリー・チャンと並び得るものだ。

こうしてここに、「神様、もう少しだけ」が日本で視聴率のトップに立って、
アジア中で最もセクシーな若者になった後、絶えず微笑み、沈黙したまま、
いつまでも映画の仕事だけを続けていく彼の姿がある。
マスコミが彼の性的傾向を取り沙汰し、家庭のことをほじくり出し、
果ては彼が日本にずっといるのは、
ヤクザを避けるためではないかなどと疑い、
所属事務所がかんかんになってデマに反駁するときも、
彼はやっぱりいつものように沈黙し、きらめく笑顔を失わない。
あらゆる醜さを見尽くして、それでも純白の飛翔を選ぶ、
これが天使の、たぶん宿命なのだ。

天使のシンプルな暮らし

芸能界の基準で測ったら、金城武の控えめさはお話にならない。

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05月29日(日)
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