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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■「BAZAAR」中国版12月号(傷城)A・完
――未来が見通せない、青春時代のあがきに似ている」
役の彼らは、それぞれ、金城武のこれまでの定まらない&烽ンの
延長にいるかのようだ。
子どもの頃、彼は日本のパスポートを持って台湾で成長した。
まだ日本語はできず、中国語もそれほどうまくしゃべれなかった。
アメリカンスクールに入ると、今度は英語だ。
どれも少しずつできるが、どれも完全ではないという感じである。
彼の芸能キャリアもまた、このようであった。
台湾で歌を歌い、香港で映画に出、日本に行ってドラマを撮り、
アメリカでインタビューを受ける。
国際化した身分はさすらい混じりあい、
一体自分がどこのものなのかわからない。
特定のグループに属することなく、何かに分類することもできない、
それがその後、逆にある種の確固たるものとなる
芸能界はうわべだけの親しみやすさがもてはやされるが、
彼はそれに従いたくはない。
映画のプロモーションのための記者会見の席上で、
彼は礼儀正しくできるし、にっこりすることもできるが、
時をかまわず写真を撮られたくはないし、
つまらない恋愛問題を聞かれたくはない。
それをもってスターぶっている≠ニされることに、
彼は非常に疑問を持っている。
「これは映画の宣伝です。
そのときに私生活のことは話したくないというのは、映画を尊重しているからです。
考え方が違うだけ。
どうしてなんでもOK≠カゃないと、協力的でないということになるんですか?」
私たちは、ウォン・カーウァイが彼を発掘してくれたことに感謝せねばなるまい。
彼はCDを出したことがあるが、何年も経ってから、
それらのアルバムのことを持ち出されると、いつもうつむいて笑うのだった。
「みんなたいてい何を書いたか、何を歌っているかなんて、気にしていないと思う。
ミュージックビデオを見るのが一番多いでしょ」
彼は努力して自分で歌を作り、著名なミュージシャンである陳昇のもとで学んだ。
だが、同時に、昔ながらの安っぽい青春アイドル映画に出、
台湾四小天王≠ニ呼ばれていた。
若さを売り物にする大勢の少年達のように、
どの道を進めば明日があるのか知らないでいた。
1994年、彼は「恋する惑星」に出演する。
ウォン・カーウァイは彼の才能を高く評価し、
ふらふらせずに機会をとらえてしっかり演技をするよう勧めた。
「彼の影響はすごく大きかった。
そのおかげで演技が自分にとってとても刺激的だと気がついた。
だから歌をやめて、俳優に専念することにしたんです」 (続く)
後1回で終わらせるつもりでしたが、
明日はまたイベントがあるし、やってしまいました。
以下、最後まで。 22:00
職業は、俳優
演技の一番面白いところは、他の人間になれることだ。
「自分平凡な人間だとずっと思ってきました。
家族だって、こんな不器用で、人前で何かできるわけがない
って思ってたんですよ。
でも、ぼくは確かにあれこれ妄想をたくましくするのが好きで、
他の人の人生をやれるというのは、
普通の人には、まあチャンスがないですから。
一番困るのは、元に戻りにくくなるときがあること。
眠ってしまえば、もう大丈夫ですけど」
演技は演技であって、有名になるとか、賞をもらうとか、
監督の名声だとかとは関係がない。
「傷城」に出演したのは脚本が好きだったからだ。
「監督の、こういう物事の伝え方が好きですね。
どの都市でも共感が持てると思います」
以前、ベネチア映画祭でアン・リーに出会ったとき、
先方から声をかけ、
「ぼくらは報道局の催しで会ったことがあるんだよ、覚えてる?」
と尋ねてきた。
ところが彼はえっという顔で、そっとマネジャーの方を向いて聞いた。
「記憶がないけど……そうだった?」
彼は「グリーン・デスティニー」の羅小虎役に、
アン・リーが初め彼を考えていたのに、うまく行かず、
すれ違ってしまったことを全く知らない。
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12月16日(土)
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