ID:22831
『日々の映像』
by 石田ふたみ
[257946hit]
■ 中国 チベット暴動 (2)
中国チベット暴動の関する報道は読売新聞の目次のみを以下に引用したがおびただしい数である。3月16日大手新聞社3社の社説はチベット暴動に関することであった。少なくとも天安門事件を上回る大事件に発展することは必至の情勢である。
今回の暴動に背景は
「チベットではこれまでも、僧侶のデモや治安当局との衝突が繰り返されてきた。その発端は、新中国の建国から間もない1951年に人民解放軍がラサに進駐したことにさかのぼる。1959年に起きた動乱を解放軍が武力鎮圧し、ダライ・ラマは亡命した。中国政府は1965年にチベット自治区を成立させたが、1989年には独立を訴えるデモが騒乱となり、戒厳令が敷かれたこともある。今回の衝突はそれ以来の規模と見られる。」( 朝日者社説から)とあるように事の発端は1951年に人民解放軍がラサに進駐したことにさかのぼるのである。
チベット騒乱―流血の拡大を止めよ
2008年3月16日 朝日新聞社説
社説:ラサ暴動 北京五輪にダライ・ラマ招け
毎日新聞 2008年3月16日
社説1 天安門事件を連想させるチベット情勢
2008年3月16日 日経
中国:五輪控え政権にダメージ チベット暴動
毎日新聞 2008年3月15日
デモ鎮圧の中国甘粛省中心部、厳戒下の“シャッター街”に (3月16日)
チベット暴動関与者への中国側の捜査が本格化 (3月16日)
ダライ・ラマ14世が会見、チベット暴動で国際調査を (3月16日)
インド・ダラムサラで亡命チベット人が「団結」の集会 (3月16日)
米国務長官、チベット暴動で中国政府に「自制」求める (3月16日)
ラサへの「渡航延期」求める危険情報、外務省が発表 (3月16日)
「群衆に装甲車突入」…ラサ住民 (3月16日)
政府、チベット情勢注視…邦人の無事は確認 (3月16日)
中国軍ラサ鎮圧か、チベット仏教寺院など依然厳戒 (3月16日)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
チベット騒乱―流血の拡大を止めよ
2008年3月16日 朝日新聞社説
中国チベット自治区のラサで、僧侶や住民と治安当局が衝突し、多数の死傷者が出ている。状況はまだよく分からない点が多いが、中国政府は武力行使を控えて、流血の事態の拡大を防ぐべきだ。
ラサでは最近、中国の統治に反対する僧侶らの抗議活動が行われていた。現地からの情報は限られているが、国営通信社はきのう、10人死亡を伝えた。死者はもっと多いという未確認情報もある。
街の中心部で警察の車がひっくり返されて煙を上げる写真や、投石している住民の画像が国外に流れている。状況はかなり緊張している。
インドに亡命しているチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は「抗議行動は、現在の統治下でチベット人に深く根ざした憤りの現れだ」との声明を出した。同時に、チベットの住民に非暴力を訴えた。
中国当局者は「ダライ一派が組織的、計画的に策動したことを証明する十分な証拠がある」と述べたが、ダライ・ラマ側は否定している。
チベットではこれまでも、僧侶のデモや治安当局との衝突が繰り返されてきた。その発端は、新中国の建国から間もない1951年に人民解放軍がラサに進駐したことにさかのぼる。
59年に起きた動乱を解放軍が武力鎮圧し、ダライ・ラマは亡命した。中国政府は65年にチベット自治区を成立させたが、89年には独立を訴えるデモが騒乱となり、戒厳令が敷かれたこともある。今回の衝突はそれ以来の規模と見られる。
外国メディアの取材が制限されているため、最近の事情には不明なところが少なくないが、当局の取り締まりで表面的には平静が保たれていた。そんな中、数日前からラサで僧侶や住民による中国政府への抗議活動が起きていた。
8月の北京五輪を前に、中国の人権状況にはいつにも増して厳しい視線が国際社会から注がれている。ダライ・ラマ14世にノーベル平和賞が贈られたように、チベットに対する国際的な関心は極めて高い。
[5]続きを読む
03月17日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る