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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■中越沖地震の記録 (21)
1、中越沖地震から2週間 空洞商店街、被災追い打ち 朝日新聞
2、日報抄の引用
3、東電が新潟県や柏崎市に義援金7千万円  朝日新聞
4、中越沖地震:要介護高齢者 生活不活発病の疑い  毎日新聞
5、中越沖地震:サポート情報 ライフライン
6、柏崎刈羽原発の揺れ、想定の2.5倍…最大2058ガル
7、波打つ敷地・焦げた壁・続く油漏れ…柏崎原発建屋内を公開  読売新聞
8、地震防災研究 活断層の評価が甘過ぎる  新潟日報社説


1、中越沖地震から2週間 空洞商店街、被災追い打ち 朝日新聞
2007年07月30日14時38分
 新潟県中越沖地震は30日で、発生から2週間になった。柏崎市と刈羽村で1438人が避難所生活を続ける一方、同市内の商店街では半数以上の店が再開するなど復興の動きも見え始めた。ただ、中心部のしにせ商店街では、被災をきっかけに店をたたむ決断をした経営者も出てきた。街の空洞化を防ぎ、どう立て直すのか。再建の先を見据えた課題がのしかかる。
 「また店をやる気にはとてもなれない」。柏崎市役所に近い古くからある商店街で、靴店を営む阿部良平さん(58)は、父親の代から続く店を閉じることを決めた。
 表のタイルがはがれ落ち、ショーウインドーのガラスは砕けた。再開には「1000万円以上かかる」。借金してまで再開しようという気にはならない。
 市内は古くからの9商店街がある。かつては食料品や金物、雑貨、呉服などを扱う300店以上が軒を連ねた。だが、郊外の大型店進出などの影響で、最近の6年間だけで30店が閉店。市商工会議所は「経営が厳しい店ほど被害がひどい。市内で数十店規模が閉店に追い込まれるのでは」と予想する。
 それでも逆境に立ち向かう人たちがいる。市商議所副会頭で呉服店経営の吉田直一郎さん(61)は「商店街は、いくつもの店が連携して人の流れをつくるから意味がある。出て行く人を指をくわえて見送るわけにはいかない」と話す。「『とにかくあきらめないで』と呼びかけ、夢が持てる商店街に作り直したい」
 吉田さんは地震から10日後、別の商店街で被災した競合店の中村康夫さん(47)に電話をかけた。仮店舗の場を紹介するなど両商店街で協力し合うことを確認した。
 同じく震度6強の揺れを3年前に経験した同県小千谷市。駅前からアーケードがのびる東大通商店街は、地震で約40軒の店舗・事務所のうち6軒が閉店した。
 商店街は、復興策を探るため、近隣2800世帯にアンケートをし、要望の多かったミニスーパーを共同で設置する構想を立てた。酒店を経営する高野直人さん(50)は「お客を巻き込んだ街づくりが必要だ」と訴える。



2、日報抄の引用
 中越沖地震に襲われた柏崎市の商店街に胸が痛む。明治、大正、昭和と、地域の歴史を刻んできた建物が軒並み大きな被害を被っている

▼傾いた町屋の土間で、高齢の男性が肩を落としていた。近寄り難い雰囲気だ。黒光りする柱、線香のにおいが染みついた仏間。思い出が詰まった家を解体されるのは、身を切られるよりつらいだろう

▼レトロな洋風建築の絵本館は今にも倒れそうなほど傾き、子どもたちが夢を託した短冊が風に揺れていた。この地域は、柏崎市が六月下旬に「歴史的建造物概況調査」を行ったばかりという。市内に古い建物がどれだけ残っているのか、まず全体像を掘り起こし、風格ある街づくりに生かそうという事業である

▼県内の文化財に詳しい山崎完一さんは、調査の印象を語る。「百年以上も前の様式を残す町屋や土蔵造りの住宅などが、意外なほど残っていました。柏崎は石油産地としていち早く近代化したためか、洋風建築も多い」。地域の記憶を伝える建物に中越沖地震が残したつめ跡は、あまりにも大きい

▼耐震診断と補強へ、国がもっときめ細かな補助制度をつくっていればと悔やまれてならない。これ以上、悔いを生んではならない。阪神大震災で問題になったのが、文化財指定を受けていない歴史的建造物だった。直せば使える貴重な建物が「全壊」と診断されて次々と消えていった


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07月31日(火)
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