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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■中越沖地震の記録 (18)
1、柏崎の「花街」ダメージ深刻  新潟日報
2、東電が風評被害拡大 知事、初期対応を批判  新潟日報
3、佐渡への宿泊客 キャンセル9259人  新潟日報
4、断層は西傾斜、国土地理院が発表 中越沖地震 朝日新聞
5、発耐震対策、周辺機器も補強・保安院、電力会社に要請方針  日経
6、災した柏崎市の商店街、56%の店が再開  日経7月27日
7、柏崎市、予算確保しながら災害用医薬品を発注せず 読売新聞
8、中越沖地震義援金、10億超す  新潟日報
9、西山町で食糧備蓄生かされず  新潟日報
10、プラント刈羽店 従業員数十人解雇へ  新潟日報
11、社説  原発の安全規制に独立機関を(7/27・日経)



1、柏崎の「花街」ダメージ深刻  新潟日報
 柏崎市の花街として栄え、1980年代には原発建設関係者でにぎわったという飲食店街「新花町」。中越沖地震で店舗がつぶれたり、傾いたりしたところも多い上に、ガスなどのライフラインの復旧が遅れ、一帯は深刻なダメージを受けている。閉店を余儀なくされた人もおり、店主らからは「不景気に追い打ちをかけられた」とのうめき声が漏れている。

 大きく傾いた店舗から木材が1つ1つはぎ取られていく。地震前、その建物で小料理屋を切り盛りしていた栗林真里さん(56)は閉店を決めた。

 「大家さんに建て替えの話も聞いたが、家賃が倍になるという。とてもやっていけない」。22年間も慣れ親しんだ店の変わり果てた姿に涙をこぼした。

 隣接する諏訪町なども含め、新花町一帯には100軒余りのスナックや割烹(かっぽう)、寿司店がひしめく。

 諏訪町でスナックを始めて40年の有坂ノブさんの店は損壊こそ免れたが、店内がめちゃめちゃになった。「開店当時、この辺の飲食店は10軒くらいだった。原発ができるようになって店がどんどん増えた」と思い出話にため息が交じった。原発景気が去った街に、今度は地震が追い打ちをかけた。

 店の多くは月末に仕入れなどの支払いを迎える。「日銭が全く入らない」と首を振るのは、新花町で割烹店を夫婦で営む池上春子さん(57)。借金返済に、家賃や各種保険の支払いも重なる。「店じまいも考えたけど、ほかに仕事もないよね」と笑ってみせた。

 自宅アパートも被災し、店内で寝泊まりしながら後片付けをするスナックの女性店主(66)もいる。開店のめどは依然として立っていないが、地震から1週間後に常連客が顔を見せたという。辛うじて難を逃れたビールを客が持参した氷で冷やして出した。

 「こんな時にって思ったけど、元気かって様子を見に来てくれたんだよね。そういう人もいるから店をやめるわけにはいかない」と女性店主は言う。

 日が暮れた新花町。通りは暗く人通りもないが、いくつかの店がネオンをともす。24日に営業を再開したスナックでは水道が復旧するまで、トイレの水をタンクで運んでいた。それでも、雇われ店主の佐藤マリンさんは笑顔で客を出迎えた。

 「地震で仕事がなくなったお客さんも来てくれた。みんなストレスがたまるけど、元気を出してほしいね」
新潟日報2007年7月26日


2、東電が風評被害拡大 知事、初期対応を批判  新潟日報
 泉田裕彦知事は25日の定例会見で、中越沖地震で発生した東京電力柏崎刈羽原発の放射能漏れなどによる風評被害について「初期のリスクコミュニケーション(情報の発信と説明)がうまくできていなかったことで、甚大な被害を被った」と東電の初期対応が被害を大きくしたとの認識をあらためて示した。
 東電の情報開示の手法について知事は「当初『放射能漏れはない』と言っておきながら、途中で訂正したり、事後的にさまざまな事実を出してくる。一連の対応が信頼を損ねている」と厳しく批判した。
 風評被害が世界的に広がっていることから、県は、外務省などを通じ本県観光の安全情報などの発信を始めた。在外日本大使館のホームページに県が作成した外国語の安心情報を掲載した。

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07月28日(土)
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