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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■中越沖地震の記録 (17)
1、「救急隊到着待てない」ご近所連携で救出劇
2、柏崎刈羽原発再開「早くて来秋」 調査委員長が見通し
3、被災世帯へ独自の生活再建支援金 新潟県
4、柏崎原発、放射能漏出の恐れ13件も…5件は詳細不明 読売新聞
5、放射線管理区域に雨水30トン 地震ですき間 柏崎原発 朝日新聞
6、都市ガス復旧まだ5% 管に水、破損特定難航 柏崎  朝日新聞
7、環境省審、原発停止で温暖化ガス排出増を懸念  産経新聞
8、震源断層は2つ、柏崎原発より近くに…国土地理院が新分析  読売新聞
9、被災再び、刈羽村の住民悲鳴  新潟日報
10、被災廃材の石綿飛散に注意を  新潟日報
11、北陸道の完全復旧は1年半後  新潟日報



1、「救急隊到着待てない」ご近所連携で救出劇 
2007年07月24日17時49分
 新潟県中越沖地震で命を落とした11人の大半は倒壊家屋の下敷きになったためだった。一方で、大災害で救急隊の到着がままならない中、近所の人に救い出された命もたくさんあった。日ごろの「顔の見えるつきあい」が、連携ある救助劇につながっていた。
「おかげさまでばあちゃんは明日退院です」
 東京都からきた会社員近藤正人さん(53)は21日、菓子折りを手に刈羽村を回った。「命の恩人にお礼です」
 実家の古い木造一部2階建てが倒壊。一人暮らしの母、最子(さいこ)さん(79)が生き埋めになった。近所の人がすぐに家に呼びかけたが、最初は応答がなかった。
 寺に行く用事があったはず。農業小林秀俊さん(58)は小さい頃に最子さん宅と一日おきに風呂を交換して入ったようなつきあいだ。妻(53)も「どこでどうしているか大抵わかる」。だが、近所で手分けして寺に連絡してもいない。仲のよい先へも問い合わせ、来ていないと確認し、「やっぱり中にいるのでは」。
 1階はひしゃげてつぶれ、瓦屋根が地面まで届いていた。そばに住む会社員小林敏夫さん(59)が119番したが、救急隊は来る気配がない。
 200メートルほど離れた地区内から駆けつけた安沢弘さん(66)は「中に入るしかない」と自宅に戻ってヘルメットをとってきた。余震は怖い。覚悟を固めると、周囲の呼び掛けに最子さんの声が返った。不安定な屋根に数人で上がり、突入口をあけるために瓦をはがしはじめた。
 土木業を営む区長の加藤幸夫さん(63)が1キロ近く離れた機材置き場から小型重機に乗って加勢した。間もなく到着した救急隊が、すでに広がっていた穴から突入し、奥でうつぶせになっていた最子さんを助け出した。
 18歳までこの地で育った正人さんは「みんな親類みたいなもの。都会だったら、ここまでやってもらえただろうか」。
 柏崎市新田畑では決死の救出があった。
 崩れた木造2階建ての1階部分に足が不自由な阿部敏子さん(84)が取り残された。「ばあちゃん!」。浴室からはい出た孫の健一さん(37)がバスタオル1枚で必死で叫ぶのを聞きつけた近所の人たち20人前後が、声をかけあい集まった。
 裏の壁を数人がかりで壊した。そこへ通りかかった30〜40代ほどの男性2人が50センチ四方ほどのすき間から進入。5〜6メートル奥まではっていき、敏子さんを抱いて出た。
 健一さんは「再び崩れないか心配した」。進入路を支えるジャッキや懐中電灯……。必要なものを近所の人が自宅まで取りに走った。ジャッキを提供した高橋次雄さん(76)は「ただ助けたくて必死だった」。
 敏子さんは一時入院したが、軽傷で済んだ。健一さんが母聖子さん(60)と避難生活を送る車庫には、救出時に持ち寄られたのこぎりやバールが残る。「お礼かたがた、持ち主を探します」と健一さんは感謝する。
 「ご近所」による救出劇は、ほかにもみられた。柏崎市新花町では亡くなった中村エツ子さん(81)宅から男女2人が救出され、倒壊した隣家からも3人が助け出された。50人前後が協力しあった。原町の普光寺では崩れた山門の下敷きになった7人の救出に即座に数十人が集まった。
 柏崎市消防本部によると、地震による救出活動は27件。通報による捜索活動も含めると45件に上り、「手が回りきらなかった面があるのは否めない」と話す。

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07月27日(金)
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