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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■中越沖地震の記録 (10)
これが地震で落下した例はこれまでなかったという。プール水の分析の結果、燃料は傷ついていないとみられるという。
また1号機の原子炉建屋で消火系配管が損傷し、地下5階に約1670トンの水がたまっていたが、この水が放射能を帯びていることが新たに判明した。
一方、6号機で放射性物質を含む水が海に放出された件について、原子炉建屋の使用済み燃料プールからあふれた水が、燃料交換機のケーブルや、それを通すための電線管を伝って、外部に漏れた可能性が高いとした。
新潟日報2007年7月20日
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11、えんま通り商店街が存続危機 新潟日報
中越沖地震で、店舗の倒壊が相次いだ柏崎市東本町2の通称「えんま通り」商店街の存続が危ぶまれている。家屋倒壊で犠牲者も出るなど一帯は壊滅的被害を受け、再開の見通しが立たない店舗が多いためだ。柏崎市初のアーケード街としてかつては多くの客を集めた商店街。「このままでは商店街が消滅する」と店主らは表情を曇らせる。
200メートルほどの通りに約40軒の商店が並ぶえんま通り。住宅や店舗6棟が倒壊し、店舗のほとんどが被害を受けた。40年ほど前、柏崎で最初に完成したと地域が誇るアーケードは波打ち、いずれ撤去される方向だ。
現在は車両通行止めとなっており、時折被害調査に当たる技術者が行き来するだけ。地震から4日目の19日も、各店舗の大半はシャッターが下り、復旧はほとんど手つかずのままだ。
「これからこの町はどうなるんだろう」。生花店を営む小島吉貴さん(33)はガラスが粉々に散った店内でつぶやく。「生まれ育った場所だしここで店を再開したい。けれど何から手を付けていいやら」と困惑した様子だ。
夫婦で瀬戸物店を営む矢代直子さん(61)は「商品のほとんどが割れて売り物にならない。もうちょっと若かったら頑張れるんだろうけど、跡取りもいないし」。まだ再開は決めていない。
かつて100軒近くの店舗がひしめいていたという商店街。通りの一角にある地域のシンボル「閻魔(えんま)堂」にちなんで10年ほど前に「えんま通り」と名付け、各店舗に看板を取り付けた。さまざまな町おこしイベントも仕掛けてきたが、ここ30年ほどで店舗は半数以下に。そこへ地震が追い打ちをかけた。
133年続く呉服屋の10代目店主で、東本町2丁目振興会会長の中村康夫さん(47)は「被災をきっかけに(閉店の)腹を決める人も出るだろう。アーケードも撤去されれば商店街として成り立たなくなる。なんとか維持する方法を考えなければ」と、復興へ思いを巡らせている。
新潟日報2007年7月20日
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07月20日(金)
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