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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■中越沖地震の記録 (38)
地震後、契約を打ち切られた協力企業の男性契約社員(41)は自宅が全壊し、母親と仮設住宅で暮らす。会社は、孫請けよりさらに下の“ひ孫請け”に当たる零細で、社長自身も仕事がなく、「バイトを探さなくてはならない」と嘆く。
同村最大のショッピングセンター「PLANT―5刈羽店」(本社・福井県)は施設の一部が壊れたまま、営業を続ける。ただ、修理には新築するほどの費用がかかるといい、9月20日の閉店を決めた。166人いるパートは全員解雇される。自宅改築のローンを抱える女性(63)は「年齢の問題もあり、ほかに働く先はない」と頭を抱える。
ハローワーク柏崎の特別相談窓口には15日現在、事業所から従業員の解雇などに関する相談が49件あり、労働者からも76件の相談が寄せられている。
(2007年8月17日3時3分 読売新聞)
7、被災地給水支援の護衛艦公開
中越沖地震発生以降、柏崎市で入浴支援などを行ってきた海上自衛隊の護衛艦「みねゆき」が17日、停泊する柏崎港で同日夕の帰港を前に一般公開された。訪れた市民は「支援してくれてありがとう」と乗組員に感謝の言葉を掛けていた。
同艦は震災当日から同港で支援活動を開始。給水をはじめ、港には仮設風呂も設置した。同艦など海上自衛隊は17日までに約5000トンの給水を行い、約9000人が仮設風呂を利用した。
この日の公開は、同艦が所属する舞鶴港(京都府)へ帰港するのに合わせて行われた。市民1000人以上が甲板で護衛艦の装備を見学し、乗組員と記念撮影をするなどした。
柏崎市城東のパート従業員、横田照子さん(62)は「仮設風呂を何度か利用させてもらった。お湯がいっぱいで皆さんにも親切にしてもらいありがたかったです。言葉を掛けるのは苦手なので、お辞儀をしてお礼をしました」と照れくさそうに話していた。
新潟日報2007年8月17日
8、柏崎市でり災証明発行始まる
中越沖地震で住宅の約1割が半壊以上の被害を受けた柏崎市で17日、り災証明書の発行が始まった。同市学校町のソフィアセンターには、証明書を求める市民が大勢詰め掛け、結果を不服として再調査(内部調査)を求める人が相次いだ。
証明書発行では、混雑を避けるために整理券を配布。1時間ごとに時間を区切って行われた。午前8時半の開場前には約100人が並び、午前10時すぎには午後2時からの受け付けとなる500番台の整理券が配られた。
一方、再調査の相談窓口には、午前10時までに市民60人以上が訪れ、18日から始まる再調査を予約していた。午前5時半から並んだという同市曾地の主婦(60)は、避難所生活で体調を崩し、額に冷却剤をはった姿。「一部損壊といわれ、目の前が真っ暗になった。半壊以上になってほしい」と再調査に期待する。
一部損壊の判定で仮設住宅入居を断られたという同市谷根の自営業男性(49)は「家の内部は壁が崩れて空が見える」。納得がいくまで市と話し合うとしていた。
刈羽村でも同日、り災証明書の発行が始まったほか、長岡市、上越市、出雲崎町などでは随時発行している。
新潟日報2007年8月17日
9、避難所に取り残されて 新潟日報
中越沖地震から1カ月がすぎ、柏崎市では仮設住宅への入居が急ピッチで進んでいる。17日は避難者が減ったことで10の避難所が閉鎖された。一方、自宅が被災したものの仮設住宅に入れない被災者は、「いつまで避難所にいればいいのか…」と不安を募らせている。
約30人が避難所生活を送る同市新赤坂1の市立第三中学校。大半は8月末までに、番神地区の仮設住宅に入居する。
しかし、村山百々さん(84)は入居基準となる罹(り)災証明が「半壊」以上でなかったため、今のところ入れない。「仮設ならば、2年の猶予があり、将来を考える時間が生まれる」との思惑が外れた。
今後、仮設住宅への引っ越しが進むにつれ、避難所から人は減っていく。「一人になるかもしれない」「学校が再開したら、どうなるのか」。心配は尽きない。長男(54)は同日、市に被害状況の再調査を申し立てた。「ぜひ、仮設に入りたい」。心から願っている。
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08月18日(土)
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