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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■ 中国:何のためのオリンピック
 「北京でのテロ危険度は最高レベルに達し、完全に防ぐのは困難な状況になった」
 市公安局の責任者が7月上旬、胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席と治安担当の周永康(チョウ・ヨンカン)・共産党政治局常務委員に伝えた。15日間に1度、治安状況の分析報告を上げている。これを受け幹部職員に「できる限り繁華街に近寄らず、公共交通機関を利用しないように」という内部通達が出された。
 3月、新疆ウイグル自治区ウルムチ発の航空機の爆破を狙ったテロ未遂事件が起きた。逮捕されたウイグル族の女(19)の関連先から押収したパソコンのデータから、メーン会場の国家体育場(愛称・鳥の巣)や新疆と上海とを結ぶ天然ガスのパイプラインなどへのテロを示唆する文書が見つかったという。
 日本のある治安当局者は、中国政府関係者から「サミットの警備について教えてほしい」と請われた。6月ごろから中国の治安関係者が頻繁に訪日、潜伏するウイグル独立運動組織「東トルキスタン・イスラム運動」の関係者や資金源について調査を進めた。この当局者は「中国はビザなし渡航ができる日本からのテロリストの入国を警戒している」と指摘する。
 8日の開会式の観客には、申し込みの銀行口座や身分証明書などから、職業、犯罪歴を調べたうえで入場券を販売した。だが7月末にあった市公安局の内部会議では、自戒を込めてこんな言葉が引用された。「虎も居眠りすることがある」。どんなに強い者にも隙(すき)があるという意味だ。
 北京の緊張は頂点に達している。7年前の開催決定時に数万人が天安門広場で歓声を上げた、あの時の高揚感はない。
     ◇
 北京随一の繁華街、王府井の近くの路地にある伝統的な家屋、四合院(しごういん)の門。「公安省陳情受付所」と書かれた看板がかかっている。
 「土地を奪った不良警官を捕まえてくれ」。7月下旬の朝、男性が玄関前で叫んだ途端、4人の私服警官が取り囲んだ。男性は近くに止められたワゴン車に押し込まれた。
 北京五輪のロゴと「治安ボランティア」と書かれたポロシャツを着た中高年の男女が、近くで見ていた陳情者に近寄った。「彼みたいになってもいいんですか。国家のため、五輪のため、そしてあなた自身のために我慢しましょう」。陳情者の女性は涙ながらうなずき、その場を後にした。地元住民で組織する「治安ボランティア」は29万人。側面から警備を支える。
 北京は、地方の役人の不正を訴える陳情者が多く訪れる。だが公安省の楊煥寧次官は、五輪終了まで陳情を減らすよう指示した。毎日100人前後の陳情者が拘束され、収容施設に送られた後、地元警察に引き渡される。07年の公安省への陳情は3200件あったが、今年7月の受け付けはほとんどなかった。
 「今日は陳情者はいないのか」。夕方、空々しい声が路地に響き渡り、受付所の門が閉められた。
 故宮に近い地安門地区。7月10日、十数台の警察車両が大通り沿いに1軒だけ残った37平方メートルの古い民家を取り囲んだ。警官がトタンやドアを外そうとした瞬間、住人の于萍菊さん(40)が叫んだ。
 「今、この警官が偉大なるトウ(トウは登におおざと)小平同志と温家宝(ウェン・チアパオ)首相の写真を破ったわ。不敬罪よ」。100人以上のやじ馬からブーイングが上がり、警官らは退散。「人民の勝利だ」と拍手がわき起こった。
 于さん一家は14人。焼き栗を売って生計を立ててきた。今年1月、「五輪に向けたスラム街の一掃」を掲げる当局から立ち退きを迫られた。補償金として34万元(530万円)を提示されたが、「生家は渡せない」と拒否。店の機材を壊されるなどの嫌がらせを受けた。家じゅうに国家指導者の写真をはり、「庶民の生活を守る温家宝首相は最高」と看板を掲げた。
 7月18日。街が寝静まった午前3時過ぎ。当局者が工作機械で撤去を強行。朝には何事もなかったかのように花が植えられていた。関係者によると、于さんは6日間当局に拘束され、今も警察の監視下に置かれている。

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08月07日(木)
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