ID:22831
『日々の映像』
by 石田ふたみ
[257959hit]
■ お産崩壊
3歳の長男と夫を東京に残して、大西さんは栃木まで1時間半の道のりを救急車で運ばれた。かかりつけの医師が同行し、救急車の中で「眠れたら眠って下さいね」と声をかけてくれたが、とても眠れなかった。病院に到着したのは深夜0時過ぎ。内診や一通りの検査を済ませて病室に入った時には、午前3時を回っていた。ベッドに入っても、やはり眠れなかった。
翌日、病室で一人、涙が出てきてしまった。長男は大丈夫だろうか、仕事はどうしよう、この入院はいつまで続くのだろう……。看護師が話しかけてきた。「こんな遠くに連れてこられて、泣きたくなっちゃうよね。泣いていいのよ」。声を出して泣いて、ようやく落ち着いた気がした。
独協医大病院には約1か月間入院し、体調が安定してから東京都内の病院へ転院した。勘太ちゃんが1700グラムで生まれたのは8月中旬。成長した勘太ちゃんを胸に抱き、大西さんはつくづく思う。「私の場合は何とかバトンをつなげてもらい、無事出産することが出来た。でも、妊婦の誰もが、いつ行き場を失ってもおかしくないということを、思い知らされました」
■ □
昨年8月、奈良県橿原市で救急車を呼んだ妊婦が9病院に受け入れを断られ死産した問題で、にわかに注目を集めるようになった妊婦の“たらい回し”。それは決してひとごとではない。特に大都市周辺では、ひとたびお産の異常が見つかれば、何時間も行き場が決まらないことがあるのが今のお産現場の実情だ。
首都圏の大学病院の医師も昨年、同じ事態を経験した。
年末、早産の妊婦の受け入れ要請が隣接地域の病院からあったが、NICUは既に満床状態で、とても受け入れられない。医師は首都圏の病院30か所以上に打診してみたが、どこもいっぱいで断られ、「全滅」だった。
結局、早産の妊婦は約300キロ・メートル離れた長野県内の病院に救急車で搬送された。「これが“たらい回し”の実態。各医療機関ががんばって、いろいろなところに無理をお願いして、日々をしのいでいるんです」。医師は訴える。
早産救える施設足りず
妊婦の受け入れ先が見つからないことを“たらい回し”と表現されることに怒りを持つ産婦人科医は多い。「医師の都合でたらい回ししているのではない。今のお産施設は、受け入れたくても受け入れられない状態に陥っている」と都内の産科医は訴える。
◆過労、訴訟…減る産科医
総務省が昨年秋にまとめた調査では、救急搬送されながら病院への受け入れを1回以上断られた妊婦は、2006年1年間で2668人。10回以上断られた例があったのは北海道、宮城、埼玉、千葉、東京、大阪、福岡の7都道府県と、一定地域に集中していた。ただ、これは救急搬送開始後の数字で、救急搬送する前に医師が受け入れ先を探して断られた回数はカウントされていない。
■ □
“たらい回し”の原因は、一つではない。
早産などリスクの高い妊婦を受け入れるために必要なNICUは、満床状態がほとんどだ。救急搬送の問題がクローズアップされる中、医師の間では「搬送先探しは産科が一番大変だ」と言われる。
医療現場の産婦人科医は年々、減り続けている。中堅、ベテラン医師が過酷な労働を強いられる分娩(ぶんべん)から撤退し、自らの出産・育児で現場を離れる女性医師も増えているからだ。
不測の出産があり得る産科医は24時間態勢。月数回の当直があり、命を直接預かるという重圧もある。
心身共に疲弊している産科医に追い打ちをかけるように、訴訟リスクも高まっている。重大な事故が起きれば、産婦人科は他の科に比べて民事訴訟に訴えられる割合は高い。一昨年には、福島県の県立病院の産科医が帝王切開の手術を巡って刑事訴追された。
責任の重さと過重労働からうつ状態に陥った、ある産科医は「忙しいうえに、訴えられる可能性もあるのなら、産科医が現場から離れていくのも理解できる」という。
■ □
医療現場の混乱に拍車を掛ける妊婦もいる。妊婦健診をほとんど受けないまま、出産間際になって病院にやって来る未受診妊婦だ。こうした「飛び込み妊婦」は、健康状態や出産予定日が把握できないため、早産や死産などのリスクが高まる。
[5]続きを読む
02月10日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る