ID:15636
つらつらきまま
by seri
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■桃ちゃん、春さん、(柳家)きょんきょんの会
上半期、これを見逃したら3年ぐらい後悔すると思っていた「談春、喬太郎、桃太郎、3人会」(at 練馬文化センター小ホール)。
いろいろな路線が乗り合わせているので快速でも準急でも練馬駅には停まるのだろうと思いこみ、ちょうど着いていた電車に乗ったら、それは石神井公園まで停まらないやつだったので、石神井公園に着くと急いで折り返しの電車に飛び乗った。
19時始まりだから助かったものの、18時半始まりだったら間に合わないところだった。
この会、夕刊フジ絡みで定期的にやる桃太郎さんの会の筈なのだが、入り口に今日の順番が貼ってあったので見てみたら、桃太郎→談春→仲入り後トーク→喬太郎、という、冗談みたいなものだったので驚く。
談春さんが高座で「これね、小三治の会に行ったら、前座の後に小三治が出てくることと同じですよ」と言っていたが、非常に分かりやすい喩えだと思った。
当人は、「談春さんと喬太郎さんに全部任せりゃいいから(今日の会は)楽だよ」「この会、私はメインじゃないから」といつものように自由気ままの好き勝手ぶり。
談春さんはノーといえる落語家なので、桃太郎さんから今日のトリをお願いされたとき全力で断ったが、嫌といえない喬太郎さんがトリになってしまったそう。
今日の演目は、開口一番・鯉斗「転失気」→桃太郎「弥じろう」→談春「白井権八」→(仲入り)→トークショー→喬太郎「死神」。
「弥じろう」はそれほど駄洒落がウケていなかったが、それは「談春さんとか喬太郎さんのお客さんには合わない」ことが原因だとか。
今日の客はほとんどこのお二方のファンばかりでしょうと。
(まさか、○○っていう駄洒落じゃないだろうな)と思ったらその“まさか”だらけの桃太郎駄洒落。
それをいつの間にか受け入れることが出来るようになっていた。
今日も遊雀さんが上手い、という話が出て来たが「私は落語協会の寄席を見に行ってたから、遊雀さんが上手いのは知ってたよ。芸術協会の人間は見に行かないから、今頃遊雀さんの落語見て慌ててるんだ」と。
遊雀さんがしくじった師匠と一緒に長講の会をやっている桃太郎さん。
楽屋はどんな空気なのだろうか。
桃太郎さんのつかみどころがない芸風の余韻がいかんなく撒き散らされたあとに出てきた談春さんは、「がんばれ!」と自分に喝を入れて「白井権八」をやったが、途中から私はさっぱり意味が掴めなくなり、寂しい思いを噛みしめながら噺を追いかけることを断念。
何の系統に入る噺だったのかも分からなかった...。
トークショーは、今日の仕事はもう終わったといわんばかりの私服姿でお気楽に出てきた桃太郎さんに対し、着物姿の正装で何か言いたげな視線を送る談春さん&喬太郎さん。
喬太郎さんは、このトークショーの空気が残ったまま、「“違う協会”にいる“先輩がメインの(筈である)会”で“トリ”」という、罰ゲームのような役目が残っているので、前半はほとんど発言なし。
談春さんは果敢に挑んでいたが、殊更それを交わす気も買う気もないことが丸わかりの桃太郎さんにやはり翻弄され気味。
終演予定時間に出てきた喬太郎さん。
もう破れかぶれなのか、この時間なのにかけたのは大ネタの「死神」。
死神を消す呪文に桃太郎さんへの精いっぱいの抵抗を込めていたが、それ以外は原典どおりの「死神」で、(あぁ、こういう落語を“本格派”とか“王道”とかいうんだろうなぁ。喬太郎さんの後ろから“正統派”っていう言葉がオーラみたいに見えてくるわ)と思った。
上手かったなぁ。
「正調・死神」を聞くと、登場人物の設定そのものを覆した「鶴瓶版死神」は本当に賭けだっただろうなぁと思う。
「鶴瓶版死神」は割と好意的な講評を目にすることが多かったのは、斬新な設定なのに噺の流れや味わいは損なわれなかったからか、と考えた。
会の終了後、たまたま落語関係のお友達と会ったので、久しぶりに一緒に食事。
まさか私が昔昔亭桃太郎の駄洒落にハマるとは思わなかった、と言われた。
「昔昔亭桃太郎1 結婚相談所/金満家族」のCDを買ってしまったことが、今の桃太郎ブーム到来のきっかけだった。
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03月19日(木)
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