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つらつらきまま
by seri
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■サンクス、奇跡のぴあ
「史上最笑の2人会〜笑福亭鶴瓶vs昔昔亭桃太郎」を見に練馬文化センター小ホールへ。
東京在住5年にして、初めて練馬区に行った。
この公演チケットは、チケット獲得率が尋常じゃないぐらい高いのでご贔屓にしているチケットぴあ某店に朝早くから並んで買った覚えがあるが、HPで座席表を見たら前から5列目以内とはいえやや端のブロックだったので、そんなに期待はしていなかった。
しかし、いざ中に入ったら予想以上に舞台との距離が近い上に、舞台全体を見るには丁度良い角度だったので、(やっぱりあそこのぴあは良い仕事するわ〜。ありがとう!)とテンションが上がったこと、上がったこと。
目の前は舞台だが、少し後方を見たら、ちょうど招待席だか関係者席だかが見える位置で、初めて入る劇場の物珍しさにきょろきょろしていたら、ちょうど小堀さんが入ってくるのが見えた。
エライ時間におやすみなさいブログを更新していたが、少なくとも19時前にはおはよーだった模様。
桃太郎さんの会だし、桃太郎さんの方が鶴瓶さんより芸歴が長いので、桃太郎さんがトリだろうと思っていたら、前座の昇々さんの開口一番(「たらちね」)とお弟子さんの桃之介さん(「熊の皮」)の後に桃太郎さんは仲トリ(「ぜんざい公社」)で登場し、仲入り後は2人のトークショー、鶴瓶さんの落語(桃太郎さんのリクエストで「青木先生」)、という構成だった。
「私服と着物の両方見てもらいたい」という桃太郎さんの配慮から、トークショーは57歳であの格好が似合うのはそうそういないと思う私服姿で登場した鶴瓶さん。
落語をじっくりやりたいから5分ぐらいで切り上げて欲しいと言ってたのは鶴瓶さんだったのに、対談と言いながら30分以上ほぼ一人で喋り倒した鶴瓶さん。
桃太郎さんの芸風は、ぼそぼそとした口調でだじゃれと時折小毒を呟くようなもので、海外に行く時の機内放送で初めて桃太郎さんの落語を聴いた時、鶴瓶さんははまらなかったそうだが、延々と聞いてる内に突如として「昔昔亭桃太郎」にハマってしまい、それからは「昔昔亭桃太郎」が出る高座を求めて都内をかけずり回ったり、落語家名鑑で顔を確かめたり、“桃太郎のオッカケ”状態になったそう。
東京でなかなか鶴瓶さんの落語が聞けないことに業を煮やし、出演すると知った大阪府高石市の市民寄席に市民でも府民でもないのに新幹線と南海電車を乗り継いでまで鶴瓶さんを見に行ってしまった私は、その心情とても共感出来た(^^ゞ。
高田文夫さんの会でやっと桃太郎さんとの初対面が叶った鶴瓶さんはテンションが上がり、色々話し掛けたそうだが、人見知りの桃太郎さんは鶴瓶さんが追えば追うほど警戒心全開。
しかし“鶴瓶マジック”に掛かったのか、やっと心を開いてくれて、一旦開いたらその勢いは凄いそう。
また、人見知りだからか非常に人間関係に淡白で、落語会を主催した共通の知り合いの社長さんが亡くなったと聞いて驚いた鶴瓶さんは桃太郎さんに確認したところ、非常に淡々と「うん、死んじゃった」と告げられたので更にびっくりしたそう。
初めて聞いた話は殆どないのに、何でいつ聞いても鶴瓶さんの話は初めて聞いたかのように新鮮な感じで笑えるのだろう。
鶴瓶さんがやる新作落語は「私落語」と名付けられている通り、鶴瓶さんの身の回りに起きた出来事や知人のエピソードを落語調にしたものだが、身内話という主観的なものをあんなに客観的な笑いに変えられるのは、何度聞いても凄いと思う。
終演後、ロビーに向かっていたら、偶然小堀さんを見かけた。
「青木先生」を聴き終わった後の高揚感もあいまって、バリケード突破する少しの勇気を出してみるか、と思い立ったが、私が一歩踏み出すよりも、人の流れも手伝っていたがあちらが喫煙室に向かう足の方が遥かに早かった。
もっとも、仮に追いつけてもその次の行動はさして考えていなかったから、追いつけなくて良かったような気がする。
会場の外に出たら、会場前の広場のようなところで黙々とバッティングの練習をしている小学生ぐらいの男の子と父親?らしい2人に遭遇し、かなり驚いた。
この寒さの中半袖で21時半近くにバッティングの練習。
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11月20日(木)
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