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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」初日/嫌いな人は?
「演出家森田雄三withイッセー尾形の『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」初日。
昨年9月、および先月の小倉ワークショップに続く、3度目のワークショップ参加である。
こんなに回数を重ねれば、随分馴れていることだろうと想像される向きもあるだろうが、自分ではそれがよく分からない。
今日も小倉の「同士」だったSさんから、「もうすらすらとセリフが出てくるでしょう」と言われてしまったが、そんな域に達しているなら、本業を辞めて俳優をやっているところだ。
自分に華がないことは充分承知しているので、分不相応なことは考えていない。
しかし、私はなぜこう何度もこのワークショップに参加しているのか。
他のワークショップに参加した経験もあるのだが、イッセー尾形&森田雄三両氏のそれほどに「心をかき乱される」経験をしたことはない。
昨年は、森田氏の罵倒がくだらない私のプライドをズタズタに切り裂き、それが心地よかった。
ある意味それは、被虐的な行為とすら言えようが、もちろんこれは浅薄なマゾヒズムとは別種のものだ。他者に対して「無理をしていた自分」に気付くきっかけを与えてくれたからである。
ただし、きっかけはきっかけであって、それから何歩も前に進んだ気がしない。
藤子・F・不二雄氏の言ではないが、「進歩をしないのが人間」なのである。
昨年とは打って変わって、今年の森田氏は「気持ちが悪いほどに優しい」が、それが、進歩しない参加者への諦観でなければよいと思う。
もっとも、進歩していないのは私だけのように見えて仕方がないのであるが(苦笑)。
しげ。はさて、どんな気持ちでこのワークショップに参加しているのだろう。
「なぜか応募フォームに書き込んでいた」
そういうしげ。を観察していたい、というのも参加理由の一つなのである。
仕事を定時に終えて、電車に飛び乗って、果たして会場のイムズホールに間に合うのだろうかと思っていたが、到着したのが5時55分で、まさにギリギリであった。
これは一本も電車を逃せない。
イムズに到着したところで、北九州ワークショップでご一緒していたオチ婦長(あきこさん)、妖精さん(Sさん)らとすれ違い、挨拶する。
みなさん、散々ワークショップで痛い目にもあってきたろうに、懲りないことである。
ホールに入った途端に、演出家の森田雄三さんから、「こないだ会ったばかりだね」と声をかけていただく。
顔を覚えてもらえたことはありがたい話だが、これは同時に恐怖でもある。
自分がうまくできたかどうか、全く自信はないが、こうして応募が撥ねられもしなかったということは、一応、それなりのものは要求されているということなのだろう。
しげ。から、森田さんが「夫婦で参加すると、どっちかがダメになるもんなんだけど、あんたのとこはどっちもいいからよかったよね」と仰っていた、ということも聞いているのである。
いつも通り、円になった椅子の中央に、森田さんが陣取る。
見渡すと、北九州でご一緒していた人や新宮ワークショップの人もいた。
完全な新人さんはあまり多くはないようだ。
初日なので、まだ実際に演技に入らないで、イメージトレーニングをするのは今までと同じ。
「自分と反対の人は誰か、言ってみて」
口々に友人や家族の名前を挙げるが、その人を肯定的に捉えている人と、否定的に捉えている人とに分かれる。
「親はどんな夫婦喧嘩をしてた?」
たいていの家族で、父親の方が外に出ていって終わる、というのを聞いて面白がる雄三さん。
具体的に喧嘩の言葉を言わせてみると、「よかろうもん」「男のくせにみたくもなかね」などの博多弁が飛び交う。
「これを言えば喧嘩が終わるってセリフがあるんだね」
と感心する森田さん。
ほかにも、「くつろいだ部屋の中に闖入してくる嫌な人」、「自分が無視する人」などを演じてみて、今日は終了。
まずは肩慣らし、肩慣らし、といった印象の初日だったが、これが地獄の日々に変貌することも現時点で既に分かっていることではあるのだ。
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11月09日(木)
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