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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「嫌韓」に狂わされた女/『幻想に生きる親子たち』(岸田秀)
どうにも間が開いて申し訳ない限りであるが、福岡限定SNSである「VARRY」に参加して以来、こちらもほぼ毎日欠けなく日記を書いたりしているので、どんどん手が回らなくなりつつあるのである。ヘタに映画だの演劇だのマンガだののコミュニティを立ち上げたもんだから、管理人としては記事を更新しないわけにはいかない。参加者はちびちびいらっしゃりはするのだが、そんなに書き込みは多くない。結局、私個人のブログみたいになってしまっているので、「mixi」や「はてな」も合わせれば、実質、七つ八つ、日記を掛け持っているようなものである。しかもその日記、全部コンセプト変えて書いてるから、同じ出来事について書いていても意見が180度違うということにもなりかねない。全部の日記を参照している人にとっては(まあ、二、三人だけど)、どれが私の本音なんだ、ということになって混乱すると思う。
けどね、どれが一番のってことはなくてね、人間ってのは社会的な生き物だから、立場変えれば意見が変わることだってあるのよ。二枚舌じゃねえかと言われるかもしれないが、そりゃ私の中でも意見がぶつかり合ってなかなかアウフヘーベンしないって事態になっているのだ。
自業自得ではあるが、新しいもの、珍しいものには飛びつきたくなるのはもう私の習い性になってしまっているので、今更どれかをやめる気にはなれないのである。あ、でも「サイワールド」は結局使い方がよくわかんなかったから、時期見て脱会します(苦笑)。
しかし、他の日記は全部「ですます」調で書いてんだけど、こっちはやっぱ書いててホッとするね。他人の思惑を気にしないで、好き勝手書けるから。mixiの方で友達をちょっとつついたら、手加減したにもかかわらずかなりへこんじゃったみたいで、全く気を使うことこの上ない。あっちじゃとても自由にモノは書けないのである(こういうこと書くとまた友達から「邪魔なら出てくよ」とか言われそうだが、そんな被害妄想なことを言うから書けなくなるんだってば)。
こちらの「無責任」日記の方では「仏に逢うても仏を殺し、父母に逢うてもこれを殺す」覚悟で書いているのだが、「mixi」じゃ招いて頂いた人が何人もいるわけで、そういう人の手前、喧嘩をすることが本意ではないのである。
今日は風邪で一日、仕事を休んでいるので、かえって少しだけ日記が書けた。明日はどうなるか分からない(苦笑)。
ネットチェックで別にバトルを探し回っているわけではないのだが、映画評論家の町山智浩さんの『ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記』の2月25日の項で、映画『ホテル・ルワンダ』に関して、一般の人がブログに書いた感想を巡って、若干の応酬があったのを見つけた。
正直、最近はあまりに馬鹿が多すぎて、この手の歴史認識に関する感想を書くのは鬱陶しくなってきてはいるのだが、そのブログ主さんの意見というのが、まあ何と言うか、ちょっと「ここまで馬鹿が堂々と物を言えるようになったのか」と情けなくなるような内容だったのである。
きっかけは『ホテル・ルワンダ』のパンフレットで、町山さんが「日本でも関東大震災の朝鮮人虐殺からまだ百年経っていないのだ」と書いたことに、そのプログ主さんが「なんで、こんな文章が『ホテル・ルワンダ』のパンフレットに出てこなければならないの?」と疑問を呈していたことが始まりになっている。
私は最初、これはてっきり、迫害や差別・虐殺の問題に関しては、国や文化によって複雑な状況の違いがあり、かなりデリケートな問題を含んでいるから、たとえ似たような事件であっても、安易に引用すべきではない、と言いたいのかと思ったのだ。
ところが、次に続いた文章がもう、「何だかなあ」だったのである。
> まず、私は関東大震災時に朝鮮人虐殺があったかどうか、知りません。生まれてないから。
> で、私は地方出身なので、例えば身内のさらにおばあさんが被災したとかそういうのもないわけですが、そういうことがあったという説が流布しているのは聞いたことがあります。
> なんでも「朝鮮人が井戸に毒を入れている」という「デマ」が流布して、それを真に受けた民衆が朝鮮人を襲撃した、と。
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02月27日(月)
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