ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491657hit]
■北九州くらいまでなら遠くない/舞台『イッセー尾形のとまらない生活2006in小倉』
本日は北九州芸術劇場で『イッセー尾形のとまらない生活2006in小倉』の公演日。前回の博多とはまたネタが違うということなので楽しみである。
定時に退社していては開演時間ギリギリになってしまうので、少し早引けして、小倉行きの快速に乗り込む。事故に遭わない限り、開場一時間前には会場に到着する予定だ。
既に博多駅から乗り込んでいるしげから「後ろから二両目にいるよ」とメールを貰っていたので、探してみると、ちょっと込み加減の車両の中ほどで、隣の席に弁当が入っていると思しいビニールの袋を置いて心配そうな顔をしているしげを見つけた。私がちゃんと乗り込んだかどうかドキドキしていたようである。
食事は駅弁で済ませようと事前に話していたので、ビニール袋を指して 「駅弁買ったの?」と聞いたら、「どこで売ってるか分からなかったから、普通の買ってきた」と差し出したのを見ると、確かにコンビニで売ってる幕の内弁当である。おかずの焼き魚なんか、切り身でもかなり塩っ辛いことが分かりきっているので、これを食べるだけでカロリーオーバーしそうである。
仕方なく、卵焼きとか、いくつかおかずをしげにあげて、おかずを少なめにして食べる。駅弁が見つからなかったのもおかしな話で、博多駅のコンコースには駅弁屋がもうあちこちにあるのだ。いったいどこに目を付けていたものか。
公演中に居眠りしては申し訳ないので、電車の中でひと寝入り、一時間ほどで西小倉に着く。芸術劇場のあるリバーウォークまでは徒歩五分ほど。予定通りの到着だったので、まだ時間がある。この時間を利用して、同じくリバーウォーク内にある北九州美術館別館を覗こうと思っていたのだが、生憎、明日からの「岡元太郎展」の準備のため、休館だった。仕方なく、同じ階のギャラリーで、「うずめ劇場」十周年展や「山海塾」ポスター展を見て時間を潰す。「うずめ」展は過去のパンフレットも置いてあって、下村嬢が出演していた『黄金の壷』のパンフも置いてあった。セリフが殆どない役だったが、それだけにボロが出なくて(失礼)、演出のピーター・ゲスナー氏、役者の使い方はうまいなと思った記憶がある。ホントに「うずめ」は脚本と演出はいつもいいんだけど、役者がねえ。
開場時間になったので、芸術劇場の中に入ると、『フツーの人々』ワークショップでご一緒した女性の方お二人から声をかけられる。私の視力はもうかなり落ちていて、こちらからは人の顔の判別がつかないので、こんなふうに声をかけていただけると嬉しい。Oさんとは先日の博多公演の時にもお会いしているので、「しょっちゅう会いますよね」と笑い会う。「もうこの面子だけで食事会でもしましょうか」なんて話もするが、確かに時間の余裕があって体調がよければ食事などもご一緒したいところなのだが、如何せん、退院して間がないのに、今、馬鹿食いするわけにはいかないのだ。病気をするととどうしても付き合いの範囲が狭くなってしまうので、せっかくのチャンスもフイにしてしまい、不義理を重ねることになる。そこんところをしげがカバーしてくれると助かるのだが、こいつはいつまで経っても役立たずなままだ。
今日も、久しぶりにお会いできたのに、しげはやっぱり愛想がなくて、ろくな会話もしようとしない。「人にはきちんと挨拶をして会話もする」という約束もしていたのだが、また反故にされた。いい加減でしげのウソは聞きたくもない。十年以上経っても少しも自分のわがままな性格を改めようとしないのだから、しげと一緒に行動するのは、最近、本当に億劫だ。
チケット受付で森田オフィススタッフのポチオさんと挨拶。「今日は森田は来てないんですよ」とのこと。森田雄三さんにお会いできなかったのは残念だけれど、風邪を召されているそうだから仕方がない。本当にお体は大事にされてほしいものである。
公演は全部で九つのスケッチ。これがすべてキャラクターが被っていないのだから、素晴らしい。
1.「庭にて」
[5]続きを読む
01月20日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る